赤い夏

※先輩後輩パロ(青い春続き)

「ん、新八の分」
 人工的な赤が氷に反射してきらきらと光る。
「あ、ありがとうございます」
 渡されたかき氷を素直にもらう。以前遠慮したら「俺が奢りたいだけなんだから素直に奢られればいいんだよ、志村君」と拗ねられたので、今回はありがたく奢ってもらった。

 練習をサボったあの日以来、坂田先輩は何かと僕に構うことが多くなった。気づけば志村から新八と呼び方が変わっていて、練習後2人で買い食いして(大抵奢ってもらうのだけど)帰るのが習慣になった。初めて名前で呼ばれたときは内心小躍りしたくなったものだ。覚えられていたのかと思い尋ねたら、襟足を掻いて返答に窮していたのは覚えている(何より僕が名前を呼ばれた嬉しさが強すぎてあまり覚えていない)。
 だから今日の練習帰りに縁日に寄ろうと誘ってきたのは先輩の方だった。

「人多いですね」
「だな。新八ィ、俺から離れるなよ?いくら銀さんでもこの人混みじゃお前を探せねーわ」
「それ、どういう意味ですか」
「地味な眼鏡君は人混みに紛れそうだなーと思って」
「失礼ですよ、全く。先輩が目立つカッコしてるんではぐれたりしませんよ」
「あー、そうね。りんご飴食う?」
「いつの間に買ってきたんスか」
 僕がかき氷を味わっているうちに、先輩はいつの間にか両手にりんご飴と綿飴を2本ずつ持っていた。かき氷の最後の一口を放り込んでりんご飴と綿飴の両方を受け取る。舌の上に残る冷たさと甘さが心地良い。一気に両方食べれるものなのかと隣に視線を移せば、何とも器用に2つとも食べていた。とてもご満悦だったのでツッコむ気も失せてりんご飴に噛り付いた。

 先輩と親しくなってから知ったことが幾つかある。
 まず、大の甘党ということだ。練習後は必ずと言っていいほど甘い物を食べている。最初は練習で疲れたせいかと思っていたけど、そうじゃなかった。通学中は常に飴を舐めてるし、カバンの中にはチョコレート(暑い日は溶けるから辛いらしい)が入ってて、いちご牛乳をこよなく愛している。こっちが胸焼けしそうな糖分生活を送っていて、思わず彼の将来が心配になる。

「新八」
 ひらひらと手が差し出された。
「……何ですか?」
 よく見ればりんご飴も綿飴も消えている。食べるの早いな。
 ──なんて考えていると、先輩の右手がちょうどりんご飴を食べ終わって空いた僕の左手を捕らえた。
「えっ?ちょっ!?」
「お前みてーな地味眼鏡とはぐれたら探すのめんどくせぇだろうが!」
 パニックになりながらも先を行く先輩の耳がうっすら赤く染まっているのを僕は見逃さなかった。

 あとは、先輩は全くもって素直じゃない人だということが分かった。
 素直じゃないというか、好意とか親切心を素直に出せないと言った方が近いかもしれない。いつも気怠そうにしていて他人なんか興味なさそうな顔をしてる癖に、妙にお節介で不器用な親切心がある。
 襟足を掻く癖や乱暴な口調も照れ隠しのせいらしい。

「先輩の手、じっとりしてるんですけど」戯れに軽口を叩いてみた。
「ううううるせぇ!夏だからしゃあないだろ!」
 明らかに動揺した声音に口角が上がる。
 竹刀を握ると凛とした雰囲気を背負う先輩のこんな珍しい表情を独占できることがとても嬉しい。他校の生徒にも白夜叉の異名で知られる先輩が、今、後輩の一言で動揺してるだなんて誰が想像できるだろうか!
 先輩に引かれるまま人混みを抜け、人気の少ない石段に腰掛けた。
「あれ?まだ食ってなかったの?」
 僕の右手にある綿飴を指して先輩が笑う。提灯の光に照らされた銀髪がふわりと揺れた。
「先輩が食べるの早すぎるんですよ」
「そう?」
 おもむろに先輩の顔が近づいてきた。ちょうど逆光になって表情が読めない。どうしたんですか、と問いたくても喉の奥が貼りついて言葉になれなかった息が漏れる。
 ぱくっ。
 一瞬事態が把握できなかった。
「やっぱり綿飴の方が好きだな、うん」
 右手にはさっきよりも欠けた綿飴。ごちそーさまと笑う先輩。回転の鈍った頭でようやく、先輩が僕の綿飴を食べたのだと認識した。
「……何してんスか、ったく」
 深い溜息と共に零せば、当の本人は至って飄々とした様子で「期待した?」と口角を上げた。
「一体何を期待するって言うんですか」
「んー、キスとか?」
「……はァ!?男同士ですよ?」
「俺ァしたいけどね、新八となら」

 ……え?
 ちょっと待て。この人、今何て言った?

「俺さ、お前のこと好きなんだわ」

 提灯で照らされた瞳がきらりと揺れた。鈍い光はその言葉が本気だと伝えていた。
 しばらくの間絡んだ視線は先輩が先に解いた。ついとそっぽを向いた背を見て、僕は我に返った。
「あ、あの…、坂田先輩?」
 恐る恐る声を掛けた。僅かに肩が跳ねただけで先輩は応えない。
 束の間流れた沈黙を破ろうと僕が息を吸ったのとほぼ同時に、意を決したように先輩が振り返った。
「嫌なら逃げろよ」
 僕が言葉を発するよりも先に先輩が動いた。好きです、という音は空気を震わす前に先輩に飲み込まれた。


Twitterの診断より。まさか続くとは。
この後、坂田先輩から銀さんに呼び方を変える様子とか考えたけど入れられなかった…!


2013.08.29