青い春

※先輩後輩パロ

 梅雨が明けてからじわりと汗ばむようになってきた。もうじき夏だな、と他人事のように思う。

 入学からの数ヶ月は僕らしくとても地味で平凡だった。と、思う。半分惰性で入った剣道部も目立ちもせず煙たがられもせず、良い先輩と同輩に恵まれたと自負している。成績もちょうどど真ん中。どんな星の元に生まれてきたんだと問いただしたくなるくらいに、相変わらず何をやっても平均的だった。
 そんな僕にもひとつだけ、非凡な出来事がある。

「おーい、何してんの1年生」
 不意に声を掛けられ、意識が急浮上する。声のした方を向けば、視界に見慣れた銀髪を捉えた。
「志村です。いい加減に覚えてください、坂田先輩」
 先輩にバレないようにひっそりと溜息をつく。僕にとって非凡な出来事はこの坂田銀時という先輩に大いに関係する。どころか、端的に言ってしまえば僕は惚れてしまったのだ。よりによって同性に。詳しくは気恥ずかしいので語らないこととする。
 ……それにしてもこの人はどうしてこうも突拍子もない現れ方をするんだろうか。心臓に悪い。
「あー、志村ね、うん、覚えてるよ」
 本当に覚えてるのかよ、とツッコミたいのを堪えて「それは良かったです」とだけ返した。
「で?志村は練習サボって何してんの?」
 そう、実は練習を抜け出してきた。しかし夏の大会前の1年生なんて特にすることもなくて、大勢のうちの1人が消えたところで誰も気づかなかった。おかげでのうのうと日陰になっている非常階段に腰かけて涼んでいた。
 まさか先輩が来るなんて予想できるはずもないじゃないか。
「隣いい?」先輩は僕の返答も聞かずどさりと腰を下ろした。
 少し狭い非常階段に男2人並ぶと窮屈に感じる。道着のままの先輩から熱が伝わってくる。あと一歩触れそうな距離にいる。意識しないようにすればするほど、顔に熱が集まる。どうか、気づかれませんようにと隣を盗み見た。
「ん?どした?」
「……いえ、別に」ああ、目が合った。「というか先輩こそサボりですよね」
「バッカ、ちげーよ。俺ァこうしてサボってる1年生を連れ戻しに来たの」
「いや、座った時点で同罪ですよ」
「ぐ……」
 わしわしと襟足を掻いて、生意気な後輩だと唇を尖らせた。
「……先輩は、」考えるより先にするりと言葉が流れ出てきた。「大会前なんですから、僕に構わず練習に戻った方がいいですよ」
「いいんじゃねぇ?俺、別に大会には興味ねェもん」
 嘘だ、とも本当だ、とも思った。彼は順位は一切気にしないが目前の勝敗には敏感だった。これは僕が今まで見てきて気づいたこと。彼は一度たりとも過去の成績を自慢したことがない。いつも飄々としていて見た目だけじゃ強いんだか弱いんだかさっぱり分からない、らしい。これは別の先輩が言っていた話。
「だからって練習をサボる理由にはなってませんけど」
「もう引退だからー、とかそんなん熱苦しくて敵わねェよ。俺ァスポ根とか苦手だから。自堕落に生きたいから」
 真意を掴めずに先輩の顔を見やる。普段はふわふわの銀髪も汗でしっとりと纏まっている。暗い赤を帯びた眼がかちりと僕を捉えた。
「……まァ練習ほっぽっても気になるモンがあるってことだ」
 試合前と同じように眼の奥が鈍く光った。おもむろに手が伸びてきて僕の頭を乱雑に撫でた。
「ちょっ、何するんですか!?」
「あァ?何でもねェよ。さっさと練習来いよな」
 僕に顔を見せることなく先輩は練習に戻って行った。ちらりと見えた耳が赤かったのは気のせいじゃないと思ってもいいんだろうか。
「……先輩のせいで戻れなくなったじゃないですか」
 顔に集まった熱を冷まさなければ。
 照れ隠しに零した言葉は他の誰にも届くことなく風に連れ去られた。

Twitterの診断「あなたは4時間以内に4RTされたら、同じ部活の先輩と後輩の設定で受が片想いしている銀新の、漫画または小説を書きます。http://t.co/lqTr4zLQ0f」と出たので。

2013.08.28