きみの温かさを知る

 しんとした静寂の中、俺は目を覚ました。耳が痛いほど静かだ。雪でも降っているのだろうか。カーテンに遮られて外の様子は窺えない。ぬくぬくとしたベッドから出てまで確かめたいとは思わない。俺よりも高い体温で温められたシーツの下は、文字通り全てを包んでくれるようで安堵する。熱源である弟は穏やかな寝息を立てていた。

 弟は昔から天使のように無垢で清らかで高潔でそれはそれは愛らしかった。誰からも愛される国となるだろうと、血生臭い自分と対比して自嘲気味に思ったこともあった。俺の後ろをちょこまかとついてきて一時期は蹴倒してやりたいくらいに煩わしく思ったこともあったが、それは俺を兄として慕い敬っているからだと気づいてからは、小鳥のような行動に思わず顔を緩めていた。当時は俺の一挙手一投足真似したがり、俺が剣の稽古をすればどこから持ち出したのか木の枝を持って振り回し、俺が日記を認めていると手をインク塗れにしていたりとそれは可愛らしいものだった。
 懐中時計を欲しがったのも同時期だ。しかし、それは事情が他とは違っていた。あの時計は唯一無二の存在から貰い受けたものだ。いくら弟といえど譲るわけにはいかなかった。それほど大事なものだった。俺の全てだった。
 しかし、その考えは変わった。二度の大戦から数十年、ようやく兄弟揃って暮らせるようになったときだ。冬が嫌いで、雪も嫌いで、一面に続く白を心の底から疎ましく、憎く思った数十年。瓦解する瞬間見た青が俺の中に積もった雪原を穏やかに溶かした。そのとき、あの時計は――俺の命は弟に預けようと決意した。
 それから更に数十年俺は想いを告げることなく過ごした。タイミングはあった。全て逃したのは己の臆病さ故だった。

「……兄さん?」
 微睡んだ目が少し宙を彷徨ってから俺を捉えた。
 乱れた前髪が普段より幼く見せている。眉間の皺も緩み、尚更幼い表情だ。
「起こしたか?悪いな」
 まだ眠いのかゆるゆると首を横に振るだけの返事をし、静かに瞼を下ろした。
「……Ich liebe das leben」

 再び寝息を立て始めた弟の瞼にキスをして、するりとベッドを抜け出した。
 たまには俺がコーヒー淹れたっていいだろ?最高に幸せな気分なんだ。

お題:確かに恋だった

2014.10.30
14/10/30