きらめきに誘われて

 今年もこの季節がやってきた。
 アドヴェントカレンダーも半分ほど開けた。カレンダーを開くのはずっとヴェストの役目だ。いくつになっても毎朝開けるときの子供のように輝く瞳は変わらない。
「ヴェスト、今日仕事は早く上がれるか?」
 今日の分のカレンダーを開けた弟に尋ねる。弟は少し黙って宙を見つめていたが、やがて「分からないが、上がれないこともないな」と口を開いた。
「今夜何かあるのか?」
「特別な用事はないが、クリスマスマーケットにでも行こうと思ってな」
「分かった。定時で上がれるようにしよう」

 言葉通り定時で上がってきたヴェストと待ち合わせをしてクリスマスマーケットに向かう。さすがに人が多く、出会うだけでも一苦労だった。しかし、どこもかしこも笑顔で溢れていてこちらまで嬉しくなってしまう。
 2人であてどもなく露店をめぐり、心惹かれたものに手を伸ばす。アルペンマンの小物は見かけるとついつい手を伸ばしてしまう。ヴェストに「それ昨年も買ってなかったか?」と窘められ、渋々元に戻した。
「可愛いじゃねえか、アルペンマン」
「確かに可愛らしいし、あなたがそれを好きなのも知っている。だからと言って、毎回買わなくてもいいだろう!」
 呆れたように溜息をつくヴェストもアルペンマンが好きなのを俺は知ってたし、毎回「無駄な物を買うんじゃない!」と怒りながら最終的には許してしまう甘さも俺は知ってた。本人に言うわけないんだけど。
 マーケットの中心には華やかで立派なクリスマスツリーがある。日本の家で見た電飾できらびやかに飾り立てられたものとは少々見劣りするかもしれないが、俺は自分の家のやや素朴さを残したツリーの方が好きだ。ツリーの周りはさらに活気に溢れていた。露店も所狭しと並んでいる。
 ふわりとアルコールの香りが鼻腔をくすぐる。まだグリューワインを飲んでなかったな。少し離れたところで買い物をしていらヴェストに声を掛けた。
「ヴェスト、ちょっと一杯飲んでいこうぜ」
「ああ、そうだな。少し体も冷えてきたことだ」
 シナモンの香りが熱気に乗ってやってくるクリスマスといえばこの香りだ。口に含むと熟れた果実の芳香が鼻に抜けた。じわりと芯から温まってくる。程よく気分がいい。全能感すらある。酔っているなと自覚できるだけの理性は残したまま、ちびちびとワインを飲む。辺りはきらきらと笑顔もイルミネーションも光っている。
 煌めく喧噪をぼんやりと眺めていると、肩に重みがかかった。
「兄さん、さっきから何を見ているんだ?」
 誰かなんて問わずとも分かる。だが、弟の様子がおかしい。
「お前……、この短時間にどんだけ飲めばそうなるんだよ」
 普段の凛々しさをどこに置いてきたのかという程、幼い笑みを浮かべ俺の肩に頭を預けていた。
「あ、兄さんと目が合った」
 嬉しいのか、更に力なく頬を緩めた。
「おう、分かったからもう帰るぞ。べろべろじゃねえか。ちゃんと歩けるか?」
「もちろんだ。子供じゃないんだから歩ける」
 俺の肩から酔っ払いとは思えない機敏な動きで頭を退けたかと思えば、そのままバランスを崩して尻餅をついた。
「全然立ててすらいないじゃねえか。ほら、お兄様がトクベツに手を貸してやる」
 恥ずかしそうに眉を下げて、大人しく俺の手を握った。アルコールのせいか熱い。
「帰るまで離さないで」
 弟が珍しく甘えた声を出した。幼い頃から聞き分けが良かった彼がこうしてねだることなど早々ない。ましてや子供のように甘えるとは。兄としては可愛い弟の頼みとあれば全力で甘やかしたいものだ。
「帰るまででいいのか?」
 少し意地の悪い返答をする。弟は駄々っ子のように首を振り、余計に目を回した。
「冗談だ、ヴェスト。お前が満足するまで離さないから、一緒に帰ろうか」
 我ながら甘い声を出してるとは思うが、優しく弟に声を掛ける。弟は素直に頷くと覚束ない足取りで家路に向かった。

 こんな酔い方は久々に見たな。
 何とか家まで辿り着き、弟のねだるまま同じベッドに潜り込んだ。かなり酔いの回った弟はすやすやと寝息と立てている。
「ヴェスト」
 そっと呼ぶと、口の形だけで「兄さん」と返した。そう見えただけかもしれないが俺にはそれで十分だった。
「お前は俺が手を離すと思ったのか?離すわけないだろう。俺は手どころか全て離したくはないぜ。愛しい、愛しい我が弟。自慢の弟」
 透けるような金に縁取られた瞼に唇を落とす。
「お前が思っている以上の意味でを愛してるよ」
 穏やかに寝る弟に軽く口づけて「おやすみ」と呟いた。握られたままの手の力が強くなったのは気のせいかもしれない。

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2014.07.11