この熱は消えぬまま

 夢を見た。白い白い夢。どこか寂しい夢。ひやりとした夢。
 人肌の温もりを感じて、ゆっくりと意識が浮上した。夢か現実か分からない身体に相変わらず伝わる体温。不思議に思って温もりのある方へ視線を向けると見慣れた茶髪がシーツの隙間から見えた。

「イタリアァァァァアアァァア!!」

 思わず起き抜けから叫んでしまった。なぜイタリアがここで寝ているのか思い出す間もなく、部屋のドアが乱暴に開いた。
「ドイツさん! どうしましたか!」
「おい、ヴェスト! イタリアちゃんがどうしたって?」
 部屋に飛び込んできたのは寝間着のままの日本と兄さんだった。
 そういえばベルリンである今日の会議のためにと前日入りした日本とそのついでにイタリアとを泊めていたのだった。それぞれ客室を貸したのにイタリアが俺の横で寝ている状況はやはり理解はできない。
「んー、なに、ドイツ? どうしたの?」
 まだ眠いのか目を擦るイタリアが呑気に口を開く。日本はすぐに事情を察したらしく「何事もなくて安心しました」と告げて部屋を後にした。俺はイタリアに説教するつもりだったが、まだ半分夢の世界にいる様子を見てすっかり毒気を抜かれてしまった。ひとまず部屋から追い出した。その様子を横目に見ていた兄さんも「じゃあ俺も部屋に戻るか」と欠伸をしながら去っていった。あっさり部屋に戻るその背中に何故か寂しさを覚えた。
 ……寂しい?
 自分の中に湧き上がった感情に疑問符が浮かぶ。俺は兄さんにどういう反応をしてほしかったのだろうか。
 人のいなくなった部屋で急に背筋に寒気が走る。まるで夢の続きでも見ているようだ。元々の起床予定時刻まで時間は相当あった。夢と疑問を掻き消すようにベッドに再び潜り込む。僅かに残る温もりにすぐ眠気がやってきた。

 白い、ただ白一色に埋め尽くされた空間で泣いている。自分なのか、他の誰かのものなのか分からない。
 白にぽたぽたと水滴が落ちて消えていくのを見て初めて自分が泣いていることに気付いた。
 なぜかひどく寂しくて、ひどく悲しい。
 自分の口から俺のものではない声で、「ヴェスト」と俺を呼んだ。

 アラームの音で二度目の目覚めを迎えた。お世辞にも寝覚めがいいとは言えなかったが、客人もいることだ、不平は言っていられない。
 朝食を用意していると日本が起きてきた。明け方のことを詫びると「あのやり取りも久しぶりでしたね」と笑った。言われてみればそうかもしれない。こちらとしては頻繁に起こられても困るのだが。
 日本にコーヒーを淹れてもらっていると、次に兄さんが起きてきた。やはりイタリアが最後か。いつに起こしに行こうかと考えてると、腰に衝撃が走る。何事か判断できないうちにあっさりと重心が崩れた。
「ヴェッ!? ごめん、大丈夫?」
 どうやらイタリアが後ろから激突してきたらしい。しかし、目の前にあるのは床ではなく兄さんの顔。唇に感じる感触はもしかしなくても紛れもなく唇の感触で。困惑した表情の兄さんと目が合う。きっと俺も同じ表情をしているんだろう。
「今、何かひどい音がしましたが何かありまし……って、お二人とも大丈夫ですか?」
 物音を聞いて駆け付けた日本の声で慌てて兄さんの上から飛び退く。幸い何も持っていなかったため朝食も、おそらく兄さんも無事だろう。
「とりあえず、イタリアは朝食ができるまで大人しく座っていろ。すまないな、日本」
 溜息交じりに告げると、泣き出しそうなイタリアを日本が慰めながらダイニングへと向かった。一言も発しない兄さんに視線を移すと、床で打ち震えていた。
「兄さん、頭とか打ってないか?」
 兄さんの顔を覗き込もうとしたが、生憎顔を覆っていて表情はよくわからない。が、隠し切れていない両耳の赤さにさっきの柔らかさを思い出して俺まで赤面してしまった。身体をめぐる熱が今朝の疑問の答えのように思えた。
「ヴェスト、わりぃ」
 消え入りそうな謝罪の声は、夢の中で零れた声と同じだった。

お題:確かに恋だった

2014.03.21