冬は嫌いだ。暗くて重くて、息が詰まる。
雪はもっと嫌いだ。ただひたすらに白が広がる景色は嫌なものを思い出して眩暈がする。
「兄さん、そんな薄着では風邪をひくぞ」
弟に呆れたように言われ、ふと自分の格好を見れば長袖Tシャツ1枚で、それはくしゃみもするなと一人で納得した。日増しに冷えてきて、今年も冬の来訪を肌で感じる。カーディガンを取ってこようと部屋に戻った。
カーディガンに腕を通すと冷えていた体が僅かに熱を取り戻す。何気なくポケットに手を突っ込むと小箱に手が触れた。
「……何だこれ」
小箱を開けると懐中時計が入っていた。懐中時計なんて持ってたっけ。記憶を探るもなかなか思い出せない。ベッドに雪崩れ込んで、懐中時計の蓋を開ける。かち、かち、と心地良い音で規則正しく時を刻んでいるだけだった。よくよく見てみると若干年季がはいっていてところどころ黒くなっている。きれいに磨かれてはいるが、磨き残しだろうか。ふと時計の裏を見て全てが合点がいった。
時計の裏には黒い鷲の紋章が刻まれていた。それは紛れもなく自分のものであるということを示していた。
「兄さん?」
廊下から突然声を掛けられ、懐中時計を落としそうになった。大方戻ってこない俺を心配してくれたのだろう。弟は続けて「コーヒー淹れたんだが飲むか?」と尋ねてきた。残念、少し違った。
「おー、今行くー」
懐中時計を小箱に戻し、部屋を後にした。
コーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。一時期コーヒーの代用品を必死に考えていたせいか、コーヒーに関してはちゃちなカフェなんかより断然美味い。さらに言えば弟の焼くクーヘンも美味い。お菓子作りは化学実験みたいなものだから、と誰かが言っていた気がするが誰かは全く思い出せない。
「なあ、兄さん、そろそろアドヴェントの用意をしなければならないんだが」
「あー、もうそんな時期かぁ。早ぇな」
「すっかり寒くなってきたからな。まずはシュトレンの材料と……」
「ろうそくだな。確かなかったよな」
同じタイミングでカップを口に運ぶ。こういう瞬間、兄弟なんだなと実感する。
「明日にでも買いに行こう」
「そうだな」
再びカップに口をつけようとすると、深い琥珀の中で暗く光る紅を捉えた。また無為に冬を過ごすのかと詰問されている気分になる。
弟に訝しまれる前に琥珀を流し込んだが、胃のあたりでどろどろと渦巻く感情に変わって、いたたまれず一言だけ残して部屋に戻った。
冬は嫌いだ。でも、お前と過ごすなら冬も悪くないって思ったんだ。
雪の白さよりも眩暈がするその澄んだ青に、俺はあの日希望を見たんだ。
お題:確かに恋だった