遅めの昼食として軽くサンドイッチをつまみながら溜まった書類に目を通していると、兄さんが部屋に入ってきた。
「おーい、ヴェスト……って、旨そうなもん食ってんな」
「通りの店で買ってきたんだ。しっかり食べるには時間が時間だからな」
「昼まで会議だったんだっけか。無理するなよ」
「大丈夫だ。もうあらかた終わってる」
「ならいいんだ。ところで、一口くれ」
兄さんは俺の手元を指した。手元を改めて見るでもなくサンドイッチのことだろう。
「食べたいならこっちにあるからそれを──」
書類の横に置いてある紙袋に手を伸ばそうとする。兄さんは何故かそれを遮った。
「俺はこれで充分だ」
俺が手にしたサンドイッチをパクリと一口かじった。
目を丸くした俺に対して兄さんは飄々としていて、無理すんなよと頭をポンポンと撫でた。
「あ、そうだ。コーヒー淹れようか?」
「ああ、頼む」
兄さんが部屋を出ていった後、俺は椅子に深く沈みこんだ。この赤く染まった顔は気づかれなかっただろうか。
兄さんは昔から俺の食いさしだろうと飲みさしだろうと平気で口をつける。曰く「兄弟だからいいだろ!」だが、いい年してそれは恥ずかしいんだ、俺は。昔は特に気にしてはいなかったが、最近は年齢もあるが恋仲だということもあって意識してしまう。きっとそれは俺だけだろうから余計言い出せない。
意識しないようにと思えば思うほど、余計意識が回ってしまう。なんて悪循環。
それにたかだか食いさしを食べられただけで、間接キスだと意識してしまうことを知られたくはなかった。茶化されこそすれ幻滅されることはないだろうが、恥ずかしいことには違いない。
「ヴェスト、コーヒー持ってきたぞ」
悶々と思考を巡らせていると兄さんが戻ってきた。
「なーにやってんだ、ヴェスト」
机と同じくらい低い位置にある俺の頭に気づいて苦笑する。子供扱いされた気がして、俺はちょっとふてくされて椅子に座り直す。
「ほら、お兄様が淹れたコーヒーだぞ。喜べ」
茶化したように笑って机の上にカップを置く。コーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。
「……Danke」
未だに照れが残っていて、目が合わせられない。礼を言ってカップを手に取ると、とある違和感に気がついた。
「兄さん、飲んだか?」
「あ? なんで」
「兄さんが淹れたにしては少ない気がして」
「あー、バレたか」
それこそ悪戯のバレた子供のようにチラッと舌を出した。ちょっと喉渇いてたんだよ、と続けた。
──また間接キス、か。
脳裏に過った思いを打ち消すようにコーヒーに口をつける。
「なぁ、ヴェスト」
俺が紙袋からサンドイッチを取り出そうとしていると兄さんがおもむろに口を開いた。
「何だ?」
サンドイッチを口に入れるすんでのところで聞き返す。
突然視界が翳ったかと思えば、唇に柔らかい感触を覚えた。
「ヴェストって意外とロマンチストなんだな」
眼前には悪戯っぽく笑う顔。キスされたと気づくのにさほど時間はかからなかった。
「な、何のことだ」
真っ赤に火照った顔を腕で覆う。兄さんは俺が食べようと手にしていたサンドイッチをぱくりと食べた。
「乙女って言った方が正しいか? ヴェスト、俺様が気づかないとでも思ったか?」
兄さんは二の句が告げないでいる俺に構わず話を続けた。
「Du bist einfach suss.(お前は本当に可愛いな)ああ、わざとやってるんじゃないんだぜ? つい最近まで何とも思ってなかったが、ヴェストが気恥ずかしそうにするから、つい原因を考えちまって、ようやく思い至った訳だ。でも、俺様は間接より直接するの方が好きだぜ」
もう一度俺の唇に口づけを落とすと愛しそうに俺の頭を撫でた。
「子供扱いするな」
気づかれてたことが恥ずかしくて、乱暴に腕を払う。照れ隠しなのもきっとお見通しだろう兄さんはへらっと笑った。
「悪い悪い。精々仕事頑張れよ。その間に俺様が掃除しておいてやるぜ!」
「心配無用だ。掃除よりもベルリッツ達の世話をしてくれ」
「そうか、分かった」
兄さんは部屋のドアに手をかけると、思い出したように声を上げた。
「どうした、兄さん」
「夜は俺様がもっと直接的に愛してやるよ」
覚悟しておけと言わんばかりの妖艶な笑みを浮かべ部屋から出ていった。
「Mist(ちくしょう)……、兄さんの馬鹿野郎」
俺の手には兄さんの食いさしのサンドイッチがまだ握られていた。
イメージだけのドイツ語挿入。多分あながち間違ってはない、はず。
やはりタイトル難産…。
兄さんは何でもお見通しがここのデフォルトになってる気がするこの頃。