ふたりごと

「お前に話したいことがある」
 プロイセンのいつもとは違う雰囲気にドイツは身を固くした。緋色の瞳がいつになく真剣な光を宿している。
「遺言、とか言わないだろうな」
 ドイツは二人分の紅茶のカップを持ってプロイセンの前に腰を下ろす。
 兄さん、と呼ぶ声は掠れていた。
「違ぇよ。話さなきゃいけないと思っただけだ。ヴェストの心配するようなことは無いぜ」
「そうか」
 ドイツは安堵の表情を見せた。
 困ったように頭を掻いて、プロイセンは笑みを浮かべた。
「そうは言ったものの、何て言ったらいいんだか…」
「なら、無理して話さなくてもいいんじゃないか?」
「いや、今話したいんだ。少し長くなるかもしんねぇけど」
 プロイセンはソファーに座り直して、組んだ手を膝に乗せた。ドイツも思わず、姿勢を正して向き直った。
「了解した。俺は例え長い話だとしても、兄さんが話したいなら最後まで聞くよ」
 ドイツがそう告げると、プロイセンは柔らかく笑った。
 その笑みはドイツに聖女の微笑みを彷彿とさせた。
「Danke.俺はな、初めてお前と出会った時、奇跡ってのを初めて信じた。あれほど奇跡を実感したのは、本当に初めてだったよ。なんせあの時もヴェストは美しく清らかで――」
「待て、兄さん。そこから話すのか……?」  ドイツが気恥ずかしさで目を逸らして問う。軽く宥めてプロイセンは言葉を継ぐ。
「美しかった以上に可愛かったんだけどな! んで、俺は絶対護り通そうと決めたんだ。それこそ神に誓って。それは今も変わらない。お前を護るためなら、どんな手段も厭わない。俺の誓いを果たすためならば」
 プロイセンはそこで言葉を切った。
 言葉を探しているのか、言いあぐねているのかドイツには分からず、兄が言葉を続けるのを待つことしかできない。
「お前とあの日交わした約束を護るためならば」
 絞り出すように言うその声にドイツは胸の奥がすっと冷えた気がした。
 目の前にいる兄は、本当に自分の前からいなくなるのではないだろうか。
 そう危惧せざるを得ない声音だった。
「……勘違いすんな、ヴェスト。これは遺言じゃねぇって言ったろ?」
 心配が顔に出ていたのだろう。
 プロイセンは苦笑して、ドイツの頭を小突いた。
「だが、兄さん……」
「最後まで聞けっての。だからな、俺がまだこうやって存在してるのは、奇跡だ。でもそれはお前が望むからだ」
 プロイセンは満足したように息を吐いて、言葉を継ぐ。
「俺が望むからじゃねぇ。お前が、ヴェストが望むから俺はまだいる。ここに存在する。非現実的すぎて笑っちまうんだがな。例え夢でも空想でも、俺がOstでお前がWestならあり得そうだろ?」
 同意を求めて、プロイセンはニッと歯を見せた。
「ずっと言いたかったんだよ、これ」
 だって、とプロイセンは続けた。
「だって言わなきゃヴェストは心配するだろうが」
「何故……」
「分かるんだ、ってか?」
 ドイツの言葉を遮ってプロイセンは目を細めた。
 兄さんの笑顔にこんなに安心するのか。ドイツは内心苦笑した。
「まぁ、兄貴だからだろ」
「根拠が無さすぎるだろう」
「この世界自体が奇跡なんだ。根拠のねぇことばっかだよ」
「ああ、全く。そう言う兄さんから見た世界を一瞬だけでいいから見たいと切実に思うよ」
 真剣な顔でドイツが告げると、プロイセンは首を捻った。
「俺の見る世界なんていいもんじゃねぇよ」
 そう吐き捨てるプロイセンの横顔には、辛さと寂しさが滲んでいた。
「俺は」
 その横顔を見つめていると、気づけばドイツの口は勝手に動いていた。
「俺は例え兄さんとまた離れることになったとしても、」
 プロイセンがきょとんとした表情で見つめている。
 ドイツは一旦言葉を切った。顔を歪めて、息を吸う。部屋の中にいるはずなのに、肺に入った空気はひどく凍てついている心地がした。
「例え一生で一度しか使えないワープだろうと、俺はそれを使って兄さんのもとへ行ってやる」
 言うやいなやドイツはらしからぬ発言に激しい後悔の念を抱いた。
 ひどく非科学的で、支離滅裂の自分の発言を今すぐにでも訂正したかった。ただ非科学的でも本心には間違いない。
 プロイセンが困ったような嬉しいような顔で笑う。
「……あれは言葉の綾だ。忘れてくれ、兄さん」
 穴があったら入りたい。
 ドイツは強く思った。自分でも顔が火照っているのが分かる。
 言い訳を始めようとするドイツをプロイセンは制した。
「いいじゃねぇか。一生で一度のワープだろ? 俺も使って迎えに行ってやる。火星だろうが、木星だろうが行ってみせるぜ」
 高らかに宣言したプロイセンの瞳の奥が揺らいだのをドイツは見逃さなかった。途端、胸に温かいものが広がり、先程の羞恥心すら忘れて、思わず口元が綻んだ。
「俺も兄さんの言う奇跡を信じてみようか」
 自分の目の前に座る兄の姿を美しく感じ、ドイツは言葉を継ぐ。
「だが俺は、実際が兄さんの言うような奇跡であろうとなかろうと感謝しているんだ」
「俺も感謝してるぜ、ヴェスト。ただ、奇跡だったから美しいんだ。お前が、な」
 照れ臭さと嬉しさがない交ぜになったようにドイツははにかんだ。
 二人してすっかり冷めきってしまった紅茶に口をつける。

ふたりごと
(まだまだ話し足りない、伝えたい言葉)

企画『Do you know that song??』様に提出。
歌詞に沿わせるつもりが、結果随所に歌詞を入れる形になってました。
まぁ、それはそれでいい…よね?
芋兄弟は仲良ければそれでいいと思います。ホント。

素敵な企画に参加できてよかったです。ありがとうございました!


2010.03.07