無二の友人に彼女ができたらしい。喜ばしいことだ。
そこまでならば俺だって素直に祝福するだけの度量くらいはある。罷り間違っても「リア充爆発しろ」だなんてナンセンスな発言はしない。
問題はそこからだった。その彼女というのが、俺の意中の人だった。いや、意中の人、というのは語弊があるのかもしれない。片思いだったのは事実だが、実際俺はとっくの昔にフラれて今や友人としてそれなりに仲良くやっている。
簡潔に言えば、俺の好きな人同士が幸せになったってことだ。字面だけ見ればとてもハッピーなことなのに、その好きを俺が拗らせたばかりに素直に祝福できない。というかどんな顔をして2人に会えばいいのか分からない。何て声をかければいいんだ。
「そんなこと僕に相談するなよな」
ずず、と音を立てストローでジュースを飲む別の友人は呆れた目を俺に向けた。俺は「悪い」と小声で謝ってトレイの上のフライドポテトに手を伸ばした。
「しょうがないだろ、相談できるのお前くらいしか思いつかなかったんだから」
「相変わらず友達いないんだな、君は」
「うるせえ、余計なお世話だ」
ムッとしながらポテトをひたすら口に運ぶ俺を見て、彼は苦笑しながら「とりあえず、ドンマイってことで」と投げやりに慰めの言葉をくれた。
「慰めるならもう少し優しくしてくれたっていいんじゃねえの」
「生憎君にあげるような優しさなんてなくってね。まだ見ぬ彼女のために取ってあるんだよ」
「まだ見ぬっつったって、お前彼女できる前兆全くねえじゃん」
彼は腹を立てたのか、無言で俺の口にポテトを突っ込んでくる。怖い。
身の危険を感じて、彼を慌てて手で制す。噎せながら謝ると「まあ、それはさておき」と話し始めた。今のやり取りはなんだったんだ。
「君は2人と話はしたのかい?」
真剣な表情で訊かれ、俺は一瞬怯んでしまった。
「一応話はしたよ、2人とも」
「そうか。で、どうだった?」
「どう、って……自分が思うより普通に『おめでとう』って言えたよ」
2人それぞれに会ったときのことを思い返す。うん、普通だった。普通に笑えてたと思うよ、俺。
「じゃあ、尚更僕に相談するなよな。必要なかったじゃないか」
再び呆れたような顔をして、ポテトに手を伸ばす。
そうじゃないんだ。なんだかもやもやするんだ。押し黙ったままの俺に彼は溜息をついた。
「おっと、そんな傷ついたような顔をするな。僕が君に言いたかったことは、この件についての答えは君の中に既にあるんだから僕に相談するような話じゃなかったということだよ。心当たりはあるかい?」
「ある、けど俺が納得してないんだよ。どうしたらいいんだ」
「納得していなくても構わないさ。口にしたらすっきりするかもしれないだろう」
「……それもそうだな」彼の前で全て晒すことに妙に緊張して深く息を吐いた。「俺、茶化して誤魔化すことしかできないんだ。2人とも俺にとっては大事な存在なのに綺麗なままで祝福できない。どうしても屈折してしまうんだ。それが俺は嫌で嫌で仕方がない。そんな俺が嫌いで仕方ないんだよ」
淡々と話してしたつもりが、僅かに熱を帯びた自分の声に気付いて思わず口を閉じた。彼は呆れもせず静かに聞いていた。俺の言葉に対する返答を考えているのか、続きを促しているのか量りかねた。けれどこれ以上醜態を晒すのも惨めで無言で氷が融けて薄くなったジュースを飲んだ。
どれくらいの間沈黙が流れたか分からないが、俺にはひどく長い時間が過ぎた後、彼は口を開いた。
「茶化してもいいんじゃないか。それが君の出した答えなんだろう?誰にも――もちろん僕にも――その答えを非難する権利はないよ。それに君が思い悩んで出した結論を僕は簡単に否定したくない」
予想外の返答に俺は言葉に詰まった。
「君の行動を誰かは批判するかもしれないけど、それでどうせ君は傷つくんだろうけど、それでも君はそれでいいじゃないか。どうせそんな風にしか生きられない不器用な男だろう」
「どうせって言うな。現在進行形で傷ついてるよ」
「本当に君は見た目以上に繊細なつくりをしているな。まあ、いずれにせよ僕だって君の数少ない友人なわけだし」
「ちょっと待て、数少ないを強調するな。失礼だぞ」
「事実じゃないか。つまり、君が元気にやってくれるならいくらでも慰めてあげようというわけだ。感謝してくれよ」
「はいはい、どうもありがとう」
「全くだ、ごはんくらい奢ってほしいよ」
別れ際、彼は「2人とも君の厄介な性格はある程度知っているはずだから、君は今更気に病むことないんじゃないか」と凶器とも取れる慰めの言葉を残して去っていった。俺は良い友人に恵まれたんだかそうじゃないんだか。
今度2人に会ったとき、きっと俺はまたどうしようもないことしか言えないんだろうけど、いつかきっと綺麗な感情で笑って言える日が来るかなと淡い希望に似た感情を抱いた。
そうなったらあいつにはメシくらい奢らないとな。
おめでとうって言わせて欲しい
(笑って言うよ)
お題:確かに恋だった