僕、松野家五男、松野十四松。うん、スッゲー元気。
僕ら、六つ子なんだ。おんなじ顔が六つ、ウケるでしょ!
そんな僕らの話、ちょっとしてもいい?
僕ら兄弟、顔はそっくりだけど結構中身は違うんだよ。え、見えない?そっかー!
でね、昔はみんなもっとおんなじだったんだ。六人で一人。誰も見分けつかないくらい!そのときはずーっとそのままだって、兄弟ずっとおんなじことしてるって思ってたんだ。
そんなことはないんだって知ったのは、僕らがオトナたちに分けられてからかな。
え?どういう意味かって?分かった、ちゃんと説明するね!
僕らの住んでる町はそんなに大きくなかったから、小学校のクラスも一つしかなかったんだ。同級生みんな友達、ってカンジ。先生たちは僕らを見分けられなくって大変そうだったけど、めちゃくちゃ楽しかったよ!そうそう、席をこっそり入れ替わって先生をからかったこともあったなあ。六人一緒って、今もそうだけど、すっげー楽しい。なんか無敵って思える。
でも中学に上がったらそうそう上手くはいかないんだって知ったよ。なんせクラスは三つあったからね。単純に考えても二人ずつに分かれなきゃいけなかった。しかも僕らの見分けもつかないオトナたちによって!入学式の後、みんなですっげー文句言って帰ったよ。勝手に分けられるなんてイヤじゃん?
オトナたちの決定にそうそう上手く逆らえなくて、結局僕らは三つに分かれた。テンションがた落ち。
今まで僕らの見分けがつかなかった人たちも、「何組の松野」って形で見分けるようになってきた。六分の一が二分の一になっただけでも、周りはラクだったんだろうね。二分の一なら見分けがつくみたい。クラスの中では間違えられることが少なくなってきた。
六つ子が六つ子じゃなくなってきてから、僕らがそれぞれ見分けられるようになってきてから、僕らの考え方もちょっとずつ変わってきた。
最初に変わったのはおそ松兄さんだった。
最初に変わった、なんて言ったけど、実は正確に言うとおそ松兄さんは「最後まで変わらなかった」。今も昔のまま。
中学校に入った頃はまだ僕らに「兄弟」とか「順番」とか関係なかった。
だって僕らは六つ子。兄とか弟とかピンと来るわけないじゃん。今みたいに「兄さん」なんて呼ぶこともなかったし。うん、おそ松って呼んでたよ。
でもなんだかんだ言っておそ松兄さんは僕らのリーダーだった。あ、イタズラのね!
そんな僕らのリーダーが、「変わらない」ことで僕ら弟に「変わる」ことを要求した。
うまく言えないけどそんな感じ。六つ子テレパシーって言えばいいかな。おそ松兄さんは何も言わなかったけど、僕らも何も言わなかったけど、みんなそう感じ取った。たぶん。
だから僕らは「リーダー」じゃなくて、ちゃんと「松野家長男」として呼ぶようになった。誰が呼び始めたかもわからないけど、みんな「おそ松兄さん」って呼びだした。
そこから僕らは「変わる」しかなかった。
僕らの選択肢に「変わらない」はもう残されてなかったから。その選択肢は長男が取っちゃったから。
次に変わったのはカラ松兄さんだった。
次と言ってもおそ松兄さんが変わった時期とだいたい一緒だったんじゃないかな。たぶんだけどね。話を聞いたわけじゃないし。
カラ松兄さんは身体を動かすのが好きだった。僕よりも体力があったし、力も強かった。想像できない?そう?今も強いと思うけどなあ。
そうそう、それで、僕も僕以外のみんなも、カラ松兄さんはきっとスポーツをする部活にでも入るんだろう、って思ってた。
でも、演劇部に入ったんだよね。
カラ松兄さんは「フッ、俺の才能を見初められてスカウトされたんだ…」なんて言ってたけど、え、今のマネ似てた?やった!あ、でね、後から一松兄さんに聞いたら半分くらい本当らしい。スカウトとかすっげえ!よくわかんないけど、身体能力が高いからきっと舞台で映えるって当時の先輩が思ったんだって。でも、よく間違えなかったよね!同じクラスにもう一人はおんなじ顔いたのにね!
演劇部に入って、身体を動かすこと以上に「注目される」のが楽しいって思ったみたい。本人が言ってたか覚えてないけど。あ、そうそう、「舞台の上では兄弟以外にもなれるのが面白い」って本人が言ってた、はず。よく覚えてないや。
何回かカラ松兄さんの演技見たことあるけど、めちゃくちゃうまかった。主役のときなんて輝いて見えたし!ほんとだって!
しばらくして、チョロ松兄さんもちょっとずつ変わってきた。
ほんとにちょっとずつ、って感じだった。
ちょっと前までおそ松兄さんと率先して悪だくみしてたんだけど、中学に入ってからそういうのも減ってきた。なんでかは知らない。
でも、チョロ松兄さんに限った話じゃないけど、僕ら兄弟以外にも人間関係が広がっていって目に見えないくらいちょっとずつの変化だけど変わっていったよ。たぶんそれだと思う。
いつまでもコドモじゃいられない、っての?早くオトナになりたい、って感じだった。今も「兄弟の中でマトモなの僕だけだから」って言ってるか。うん、そう、そういうこと。
気づいたら勉強もするようになってた。最初のころは一松兄さんにいろいろ聞いてたけど、元々チョロ松兄さん要領良いからだんだん勉強もトクイになってったんだよ。すげえよね!時々勉強も教えてもらったけど、分かりやすかったなあ。
マトモかどうかはよくわかんないけど、よく面倒見てくれるようになったよ。あと僕らがふざけてたら叱ってくれるようになった。叱るっていうかツッコミって言えばいい?時々血管切れんじゃないかって思うよね。
あ、でもアイドルにハマったきっかけは、俺は知らないよ!
そうして「兄さん」達が続々と「六人のうちの一人」から独立していくのを見て、僕ら「弟」が焦らないわけなかった。誰も何も言わなかったけど、兄弟の仲が悪くなったわけじゃなかったけど、変わっていく兄さん達が嫌いになるなんてこともなかったけど、でも、僕らは焦ってた。「変わらなきゃ」って内心思ってた。
残された三人の中で先に変わっていったのは「末っ子」のトド松だった。
三人の兄さんたちが形はどうあれ「兄らしく」なったから、トド松は逆に「弟らしく」「末っ子らしく」なった。誰かの言葉を借りると「可愛い弟」ポジションを獲得した。外から見ると「六つ子の中で一番かわいい」子。
トド松が変わりだしたころ、ちょっとずつトド松に女の子の友達が増えてった。「可愛い」ってすげえんだなあって思った。今でも女の子の友達いっぱいいるのトド松だし。
あ、あと、トド松が「十四松兄さん」ってたくさん呼んでくれるようになった。すっげえ嬉しかった。うん、俺から見ても「可愛い弟」。
「弟」にまで先越されて俺はいよいよ焦った。
だって僕、おそ松兄さんみたいにカリスマ性はないし、カラ松兄さんみたいに運動が得意でもなかったし、チョロ松兄さんみたいに要領よくないし、一松兄さんみたいに頭よくないし、トド松みたいに可愛くないし。
六つ子の中で一番影薄かったし。
そんな俺に付き合ってくれたのは一松兄さんだった。
兄弟の中で一番マジメで頭がよくて。いつも面倒見てもらってた。
そんな一松兄さんもちょっとずつ変わってきた。というより、ふさぎ込んでいった。
さっきもちょっと言ったけど、兄弟以外の人と触れ合うことが増えて、必然的に、兄弟のいない世界が広がっていった。兄弟の僕らですら知らない面ってのが増えてった。
そんな矢先に一松兄さんは少しずつ家にいる時間が増えた。猫と遊ぶ時間が増えた。まるで僕ら以外いらないって言ってるみたいに。
僕は一松兄さんに何があったのか詳しくは知らない。しばらくはたくさんキャッチボールとかしたりして遊んでたから、気づかなかった。
最近になって知ったけど、一松兄さん、友達つくるのが、僕らの外に世界をつくるのが怖くなったんだって。
そうして僕はひとりになった。
ひとりって言っても兄さんも弟もいたし、別に兄弟たちにも無視されたわけじゃないけど、僕だけがまだ、もういないはずの「六人のうちの一人」から脱けだせなかった。
自分で言うのもなんだけど、昔から歌がうまいのが自慢だった。というか、たったひとつの取柄だった。
だから部活を選ぶときも歌ができるところにしようかなって思ってたけど、小さい学校だから歌う部活ってなかったんだよね。そしたらクラスの子に「野球部に一緒に入ろうぜ」って誘われて野球部に入った。兄弟で遊んでたのも楽しかったけど、野球も面白かった。楽しかった!
だからいっぱい練習した。今も野球続けてるけど、だいぶうまくなったよ。うん、昔のカラ松兄さんみたいに動けるし、今じゃチョロ松兄さんより足速いよ!
それでも、「変わる」ことはできなかった。すげー焦った。だって俺だけだもん。
あるとき急に思い立って「何も考えないで見たらどうかな!?」って思った。「変わろう」って思うからいけないんだって。
そしたらすっげえ面白かった!あ、これだ、って思った。
俺が変な事言っても怒る兄弟はいないし、みんな変わっちゃったけど遊んでくれるし、「六人で一人」ではなくなったけどやっぱり俺たちは「六つ子」なんだよ。
俺さ、みんなのことすっげえ好きなんだ。
変わっちゃったけど、昔みたいに一緒じゃないけど、それでも、好きなんだ。
話聞いてくれてありがと!僕、もう帰るね。今日の晩ごはん、カレーなんだ!
「くん」から「さん」の隙間を埋めようとした結果。この後クラス割りとか真剣に考えたのでいつか使えればいいなあ。