作戦通りだと嘯いた

「小十郎、今日も昼飯いつもんとこでいい?」
「ああ、問題ない」
 政宗が満足そうに自分の席に見届けた後、小十郎の前に座る佐助が振り返って笑った。
「アンタら仲良いよね」
「クラスも部活も同じだからな。お前も大概真田とセット扱いだろ?」
 小十郎が鼻で笑うと佐助は同意しつつも「だからといって俺らとアンタらは同じじゃない」と告げた。首を傾げた小十郎に「少なくとも、伊達はね」と佐助は付け足した。
 その意図を問おうとしたがチャイムが鳴ったため、小十郎はすっきりしない気持ちのまま授業を受ける羽目になった。

「おい、猿飛」
 授業を終え、昼休みになるや否や小十郎は佐助を問い詰めた。言ったことを忘れたのか、はたまた忘れた演技なのか、一瞬きょとんとした表情を浮かべていたが、小十郎が尚も問うと思い出したようにニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。
「自分で考えなよ。っていうかアンタ、自分で分かってんじゃない?俺様が言うのは野暮っていうかさぁ、もう全開じゃん、伊達は」
 小十郎はそれ以上問い詰める気にもなれず、弁当を持って教室を出た。


「猿飛と何話してたんだ?」
 誰もいない屋上に陣取り弁当を広げて尋ねた政宗に「ただの野暮用だ」と小十郎は苦笑した。
「そういえばさ、今日から部活休みだよな」
「テスト一週間前だからな。また赤点スレスレとか取るなよ」
「まさか!オレだってやる時ゃやるってことを見せてやるぜ」
 びしっと宣言した直後、小十郎の弁当を覗き「その卵焼きとオレの唐揚げ交換して」と頼んだ政宗に卵焼きをあげながら、小十郎は先刻佐助の言っていたことを考えていた。政宗と小十郎の関係と幸村と佐助の関係の違いは一体どこにあるのかと。
「──なぁ、小十郎。聞いてる?」
 あと少しで答えが掴めると思った瞬間、小十郎は政宗の問いかけにはっと我に返った。
「悪い。聞いてなかった」
「放課後さ、勉強教えてくれねぇ?」
「構わねぇよ、数学だろ?」
 少ない言葉だけで理解した小十郎にふわりと微笑んだ政宗は「そんなお前だから好きなんだよ」と卵焼きを頬張った。
 その言葉に小十郎はぴくりと眉を動かしただけだったので、政宗はひっそり肩を落とした。長いこと「好きだ」とストレートに、ちゃんとTPOもわきまえているのにも関わらず、とんと手応えがない。最近では他に好きな人がいるんじゃないか、と勘繰る始末。政宗は内心でらしくねぇと笑い飛ばし、何事も無かったように会話を続けた。


「で、これなんだけどよ」
 誰もいなくなった教室に二人、机を挟んで向かい合う。
「ああ、三角関数か」
 それはだな、と説明を始める小十郎を政宗はそっと盗み見た。睫毛長いなと感動して、再びノートに視線を落とした。
「──っと、こんなもんだがどうだ?」
「スゲー分かりやすかった!せっかくだから先生になりゃいいのに」
「考えておくよ」
 笑みを零した小十郎に、突然政宗は声を潜めた。
「なぁ、小十郎」
 緊迫した面持ちの政宗は眉をひそめた小十郎を前に自分の手のひらがじっとりと汗ばんでいるのに気づいた。
「……好きな奴いんの?」
「仮に、いたとして……言う義理はないぞ」
「つれないこと言うなって。じゃあフェアにオレも教えるからさ」
「なんでいる前提に話を進めてんだ」
「えっ、いねぇの?」
「……好きにしてくれ」
 ノートの端を器用に割き始めた政宗に小十郎は溜め息をついて、その様子を眺めていた。
「これに好きな奴の名前書いてくれよ、you see?」
「……了解」
 政宗は緊張でうまく表情が作れなかった。頭の中では、学年内で可愛いと評判の何人かの女子の名前が巡っていた。
「ほら、書けたぞ」
 政宗は二つに折り畳まれたノートの切れ端を受け取り、自分のを渡した。
「せーの、で開くか?」
 政宗の強張った声音に小十郎も緊張しながらその提案に応じた。
「……せーのっ」
 ──知ってるだろ、小十郎。
 そう逃げるような書き方をした。だがあれだけ「好きだ」と言っていれば分かってるはずだとある意味期待を込めた。もし小十郎が自分の想像以上に鈍くて、更に振られた時のための予防線だけど、と自嘲しながら政宗も紙をかさりと開く。
「……Oh,dear」
 思わず漏れた政宗の呟きに小十郎がぴくりと肩を震わせた。
「小十郎、」
「な、なんだ……俺はちゃんと書いたからな。もういいだろう、俺は帰るぞ」
 小十郎は顔を上げずに席を立とうしたが、政宗に腕をがっちり掴まれそれは叶わなかった。
 離せと言わんばかりの視線が政宗を刺す。しかし、小十郎の頬ははっきり赤く染まっていて政宗は図らずも頬が緩んでしまった。
「小十郎」
 嬉しげにはにかんで政宗は立ち上がり、小十郎の頬を両手で挟んだ。政宗の手に伝わる熱は自身の熱かあるいは小十郎の熱か分からなかった。
 政宗、と言いかけた小十郎の唇に噛みつくように政宗は口づけた。
 ひらりと机上に舞い落ちた紙には小十郎の綺麗に整った字でこう書かれていた──俺の目の前の奴、と。
「小十郎、好きだ、愛してる。オレと付き合ってください」
 長く深い口づけの後、抱きついたまま政宗が上擦る声で囁いた。
「……普通順番が違うだろ」
 溜め息まじりに答えた小十郎は今更だとは思っても上気した頬を隠す術を考えていた。
「答えはシンプルにイエスかノーだけだぜ」
 意地悪く政宗が追い詰めると、「イエス、だ」と小十郎は照れ隠しに政宗を体から剥がした。
「大体政宗はずるいんだ」
「何が」
「……俺の生活を政宗中心に仕立てあげやがって」
「言いがかりはよせよ、ハニー」
「ハニーはやめろ、恥ずかしい」
「明日から……いや、これからずっとよろしく」
「お手柔らかに頼む」

少女漫画っぽいものが書きたかった。

2011.03.16