背後から視線を感じる。本人は無意識なのだろうが、見られる方からすれば痛いくらいの視線を感じてしまう。
ふっと息を漏らすと身体ごと視線の主の方を向く。
「どうなさいました、政宗様」
穏やかな調子で問うと政宗は瞠目した。やはり気づいてなかったのかと小十郎は目尻を下げた。
政宗は乱暴に頭を掻き、視線をさまよわせた。
「Ah……、別に何も無ぇよ」
「左様ですか。てっきり小十郎に何か御用かと」
幼少の──まさに小十郎と出会ったばかりの頃の政宗は猜疑心の塊で他人はおろか近侍の者にすら親しく接しようとしなかった。その経緯も手伝ってか、昔から小十郎に構って欲しい時に後ろからじっと見つめる癖がついていた。
元服をしても、家督を相続しても、一度身に付いた癖は抜けないらしく──政宗は無自覚だから尚更だ──一向に治る気配が無い。
普段は図々しいほどに我が儘に振る舞う割に可愛らしい癖がついたものだと当時を思い出す度小十郎は頬を緩める。
普段とは違い目尻を下げる小十郎を不審に思ったのか、政宗は唇を尖らせた。
「何だよ、その締まりのねぇ顔はよォ」
言われて小十郎はハッとし頭を下げた。
「これはとんだ御無礼を」
「オレは謝って欲しいんじゃなくて、理由を訊いてんだよ」
「それならば、少し思い出し笑いをしてしまいましただけなのでお気になさらず」
思い出し笑いというのは語弊があるかもしれないと小十郎は気後れしたが、他に言い表せるようなものが無かったからやむを得ないと自らに言い聞かせた。
「何を思い出したんだよ。どうせオレの事だろ?」
unfairだと臍を曲げる政宗に小十郎は困りきった笑みを浮かべた。
「政宗様には敵いませんな。──その通りにございます。お気づきになられていないようですが、政宗様は昔から何かあると後ろから見つめる癖がありますれば」
その言葉に政宗は面食らった。言葉通り、政宗は全くもって無自覚だった。自覚すると己が女々しく感じられて赤面した。
「……んな女々しい癖なんざ無ぇ」
辛うじて絞り出して小十郎を見ると、その表情にまた面食らうことになった。
小十郎の政宗を見る目がひどく優しく慈愛に満ちていて政宗は言葉が出なかった。
「では、そういう事にしておきましょうか」
お茶にでもしますかと立とうとした小十郎の着物の袖をはっしと政宗は掴んだ。
「何か?」
「茶はいいから座れよ」
「御意」
自分はつくづく政宗に甘いと小十郎は自覚していた。戦も政務も無いような時は溶けるように甘やかしたくなるのだ。それが政宗を助長するとは知っていても。
「小十郎、ah……その」
珍しく歯切れの悪い政宗に愛しさが募る。
急かすこともなく、政宗の言葉の続きを待つ。落ち着きなく目を泳がせていた政宗はやがて小十郎にずいと近づいた。
「小十郎」
「何でしょう、政宗様」
掠めるように唇を奪われた。呆気に取られた小十郎に政宗は悪戯が成功した子供のように笑った。
「狡いお人だ」
政宗の柔らかい髪を指で梳くと、政宗は相好を崩した。
「Ha、恨むならオレを選んだ自分を恨むんだな小十郎」
政宗は小十郎の右目に唇を落とすと満足げに顔を離した。小十郎は満更でもない笑みを浮かべ、政宗の頬に手を伸ばした。
「何故恨む必要がありましょうか」
そっと利き手で眼帯をなぞり、政宗の頬を包む。
にぃと政宗は唇の端を吊り上げ、小十郎の手を自分の頬から離しその甲を口に当てた。
「おっと、南蛮だと手の甲へのkissは忠誠の証だったか」
逆だったなと声を上げて笑う政宗に小十郎も笑い、政宗の手を取った。
「ならば、小十郎は改めて誓わねばなりますまい」
政宗がしたのと同じように小十郎は手の甲に唇で触れた。
「この小十郎、生涯政宗様の右目としてお仕え致しまする」
「上等だ。これからもしっかりオレについてこいよ?」
「何を今更。覚悟は既に出来てます」
共に目を合わせて笑みを交わし、どちらともなく唇を重ねた。
書いた本人ですらなんでこんなにいちゃいちゃしているのか分からない。
政宗様はフルバの夾くんに似てるところがあると思う。