恥ずかしいから

「小十郎ォォ!」
 城内に政宗の怒声が響きわたる。呼ばれた当人はもとより、城内の人間ほぼ全員がその肩を震わせた。
「お呼びですか、政宗様」
 いつものように小十郎が政宗のもとへ馳せ参じた。平静を装いつつも上気した頬に、慌ててやってきただろうことが窺える。
 一方、政宗は不機嫌そうに小十郎を自分の傍へ手招いた。
 一体何が機嫌を損ねさせたのか心当たりのない小十郎は顔を強張らせて政宗の手招きに応じた。
「これは何だ」
 地を這うような声と共に出されたのは四つ折りにされたわら半紙。それを見て小十郎は納得したように声を上げた。
「それは政宗様が幼少の頃、小十郎に賜った文にございます」
「Yes……、そんなもん中をあらためれば分かった。なんでこんなもん取ってあんだよ!」
 怒り心頭と思っていたがそうではないらしく、政宗の怒りはどうやら照れ隠しだということに小十郎は思い至った。
「その文は政宗様からの──」
「Shut up!恥ずかしいんだよ!しかもお前、なんで持ち歩いてんだよ!」
 小十郎の言葉を遮りまくし立てた政宗は更に藍染の布を取り出し畳に投げつけた。
「どちらも拾っておいででしたか。ありがとうございます」
 安堵した様子で頭を下げる小十郎に政宗はいささか調子が狂ったが、小十郎ににじり寄って問いただした。
「答えろ、小十郎。なんで持ち歩いてる」
「護符代わりにございます」
「な…っ」
 言葉を失った政宗を一瞥し小十郎はそのわら半紙を手に取り微笑んだ。
「政宗様から賜った文は多かれど、これは一番思い入れの深い文。故にこうして文字通り肌身離さず持ち歩いておる次第」
「納得できねぇな」
 政宗はくぐもった声を漏らした。政宗にとってはその文は恥ずかしい以外の何物でもなかった。
 未だに不服そうにする政宗を小十郎は困り果てて見つめたが、「納得できる理由を言え」と言わんばかりの政宗の雰囲気に折れた。
「申し上げにくいのですが……」
「いいから言え」
 政宗に急かされ、小十郎は頬を薄く染め、それをごまかそうと咳払いをして一気に告げた。
「その文は政宗様から初めて賜りし恋文。かつ御意志の綴られた文であり、当時いたく心を揺さぶられてました。勿論どちらの意味においても。その想いに応えようとした小十郎の意志が潰えることの無いように胸に刻むため、またその文を何人の目にも触れさせぬために大切に持ち歩いておりました」
 小十郎は、此度は申し訳ございませんと頭を深く下げた。顔を上げた時目に飛び込んだのは、右手の甲を口に当て顔を真っ赤に染めた政宗の姿だった。
 普段は自分が赤面することが多いから珍しいと思い、小十郎はじっと政宗を見つめた。
「よくもまぁ、ずけずけと」
 辛うじて政宗は声を絞り出すと小十郎の手からわら半紙を引ったくった。
「な、何をなさる政宗様!」
「もう要らねぇだろ、こんなもん」
 わら半紙を乱暴に懐に突っ込むと政宗は反論は聞きたくないとばかりに小十郎の口を自身のそれで塞いだ。
 突然のことに小十郎が赤面すると、政宗は形勢逆転とばかりに歯を見せた。
「これは没収。オレが責任持って処分します」
「なりませぬ。いくら政宗様でもそれだけは!」
「オレが書いたもんだ。オレが処分を決定する」
「いえ、それは小十郎に賜ったもの故、今は政宗様の所有物にはございません」
「おいおい、主君に逆らおうっての?」
 ひきつった笑みを浮かべた政宗に小十郎はにこりと応じた。
「逆らう気は毛頭ございませんが、それとこれは話が別。早々に返していただきたい」
「返さねぇっつってんだろ!」
 こうなれば奥の手だと小十郎は覚悟を決め、政宗の名を呼んだ。
「政宗様」
「Ah?返さね──」
 小十郎は政宗に口づけ、一瞬の隙に懐からわら半紙を奪還した。
 昔から政宗は小十郎の不意打ちに弱い。
「では、返していただきます」
 小十郎はしたり顔で笑み、わら半紙を藍染の布に包み懐にしまった。
 我に返った政宗は唇を尖らせた。
「Shit!この策士が」
「政宗様」
 小十郎は一転真面目な顔つきになり、ふて腐れる政宗に声をかけた。
「この文は政宗様の誓いの文でもあれば己が誓いでもあります。故に他人の目には触れさせたくない、分かっていただけますか」
「I see.そこまで言うならもう取らねぇよ」
 小十郎が胸を撫で下ろしたのも束の間、気づけば世界は反転し政宗の向こうに天井が見えた。
「政宗、様」
 冷や汗が小十郎の背を伝う。
「そこまで言う小十郎の想いは無下にできねぇ。従ってその文も燃やす訳にはいかねぇ」
「燃やすおつもりだったのか」
「しかしオレはすこぶる虫の居所が悪い」
 愉しげに目を細める政宗のどこを見てそう思えばよいのか小十郎は悩んだが、元はといえば政宗の怒声で飛んできたのだ。下手に抵抗してまた機嫌を損ねられても敵わない。
「この怒り、鎮めてくれるよなぁ?小十郎」
 拒否権は無いと諦めた小十郎は覆い被さる政宗の首に腕を回し、なまめかしく弧を描く政宗の唇に自分の唇で触れた。

余裕のない政宗様が書きたかったはず…(笑)

2011.02.06