奥州は朝からしとしと雨が降っていた。
オレはどうしてか雨が好きではない。恵みの雨なのだと教えられていたとしても、どうも好きになれない。
「筆が止まっておいでですが、休憩なさいますか?」
ことりと置かれた湯呑みに意識を戻すと、白い紙の上に墨が滴っていてさながら血のようだと不謹慎にも思った。
「No problem.せめてこの書簡には目を通してからだ」
湯呑みを手に取り、目も合わさず告げると微かに微笑んだ気配がした。
子供扱いされている気も少なからずしたから、ずずっと不躾な音を立てて茶を啜った。それが一番子供じみたものだと分かってはいても、子供じみた振る舞いをすると甘やかす癖がある小十郎のせいだと言い訳した。
「殊勝な心掛けは喜ばしいこと。なれど、無理は禁物。政宗様、左様な仏頂面は似合いませぬぞ」
「Ah?」
振り向くと、至極柔和な表情を浮かべた小十郎と視線が絡んだ。
「雨、お嫌いでしょう」
訊ねるというより確認するように問われた。
唐突なことに目をしばたたき再度小十郎を見、口を開く。
「嫌い…というか、好きじゃねぇ。分からないけど好きになれねぇ」
予想外の返答だったのか、小十郎は瞠目し口を閉じた。何か思案に耽っているように見えたから、オレは何も言わず手元の書簡に視線を落とした。
「政宗様はてっきり雨が嫌いだと思っておりました」
書簡にほぼ目を通し終わった頃、ぽつりと小十郎が零した。何とも言い難い表情を浮かべていた。
「幼少のみぎりより、雨が降るとつまらなさそうにしていらっしゃったので。しかし、『嫌い』なのではなく『好きじゃない』のでしたら、この小十郎安堵致しました」
「何故そう思う」
「正直に申し上げまして、斯様な天候ならば政宗様も外出なさらず、更には小十郎も城内におりますれば」
言い澱んだ姿に思わず口角が上がる。
続きは言われずとも伝わったが、どうしても小十郎の言葉で本人の口から聞きたい気持ちが勝りオレはだんまりを決め込んだ。
「小十郎は雨の日を好いておりました。雨がお嫌いな政宗様の前でそれは出せますまい。好きでないということはまた、嫌いでもないということ。さらば、おこがましくも喜んでもいいのだと安堵した次第」
顔を綻ばせた小十郎につられてオレも目を細めた。
言外に二人でいられることが嬉しいと込められてることも伝わっていたから、口を挟むような野暮はしなかった。けれどまだ聞こえる雨音が何故か心地よい子守唄に聞こえてきた。
「しばたたく」という単語を学んだ。