弱さを受け止める強さ

 血と硝煙の臭いが鼻につく。足が震える。脳裏に焼けつく、人がモノに変わる瞬間──己が人をモノに変える瞬間。手にした刀がこれほど重いとは。
 噎せかえる蔓延した血の、死の臭いに胃液を吐いてしまった。
 もうまともに立っていられない。
「政宗様」
 聞き慣れた声に政宗はゆっくりと振り向いた。
「……小十郎」
 顔を歪め、声の主の名を呟いた。
「どうされました、政宗様。いつもの覇気がありませぬな」
 政宗は手にした一振りの刀を鞘に仕舞い、小十郎の方に足を向けた。
「戦場ってのはこんなに死の臭いが充満してるもんなのか」
 低く吐き出された言葉に小十郎は眉を寄せた。
「……決して下の者には見せなさらぬよう」
 辛うじて返した小十郎の言葉に呼応かのように政宗は肩を震わせた。血に染まった地面に水滴が染みた。はたはた落ちる水滴はさながら雨だった。
 小十郎は天を仰ぎ政宗に語りかけた。
「死に臆する御自身をゆめゆめ恥じてはなりませぬ。死を覚悟した者も死ぬ瞬間は恐怖するものです。なれど、あなたはその弱さを見せてはならない」
 視線を戻し小十郎は鈍く光る三日月を見据えて告げた。
「政宗様の御意志が我らの士気に関わりますれば」
「……All right.肝に銘じておくぜ」
 顔を上げた政宗の隻眼にはいつもの強さが戻っていた。
「それでこそ政宗様です」
 死の恐怖など拭えなくても構わない。死を恐れない姿が虚勢であっても、それが見抜かれなければそれでいい。いつの日かその虚勢を張る必要がなくなる。その日まで死を恐れる自分を恥じずに真正面から受け止めてくれればいい。
 地に染みた水滴はいつしか跡形もなく消えていた。

初陣的な。

2011.02.05