「オレに遠慮する必要はないんだぜ、小十郎」
何のことだと問おうとしたが、喉が乾燥しきって意味のなさない息だけが漏れた。否、もしかしたら用件など理解していたのかもしれない、と小十郎は自答した。
小十郎の心中などいざ知らず、政宗は言葉を続ける。
「小十郎、お前はオレの右目としてよく働いてくれたよ。オレには寧ろ勿体ないくらいだ」
だから遠慮するな、と政宗は再び言った。
小十郎は首を振り、次に政宗が言うだろう言葉を否定した。
「無理しなくていいんだって言ってるだろう?」
「いいえ、無理などでは──」
「だーかーらー!」
頑として首肯しない小十郎の言葉を遮り、政宗が怒鳴る。
「風邪ひいた時くらい寝てろって言ってんだよ!もう命令だ、命令!風邪人は寝てろ!You see?」
政宗が怒鳴るのも無理はない。
傍目から見ても高熱を出しているだろう小十郎は頑として微熱だと言い張り、政宗の前から退出しようとしないのだ。政宗に風邪が移るという懸念は高熱で判断力が鈍っている小十郎には浮かんでいないようだった。
今にも倒れそうな小十郎に気が気でない政宗は、早く安静にしてくれと懇願しているのだった。
「先程から申しておりますが、このくらいの風邪、なんてことはありませぬ。それに政宗様が本日分の職務を全うされるか確認する必要がございますれば」
「Shut up!今にもぶっ倒れそうなお前に心配かけるほどオレは野暮な男じゃねぇ。いいから、早く下がれ」
「ですから、大したことないと」
「あんまりガタガタ抜かしてるとオレが無理やりにでも寝かしつける。いや、お前がちゃんと寝るかすら心配だからオレの監視下に置く。腹ァくくれ、小十郎」
この言葉に小十郎は折れざるをえなくなった。
無理やり寝かしつけはしなかったが、結局政宗は小十郎と同じ部屋で職務をこなしていた。見つめられたら寝づらいだろうと配慮し、政宗は小十郎に背を向ける形で机に向かった。
ようやく規則正しい寝息が背後から聞こえ始めた頃、政宗は深く息を吐いた。
「珍しいこともあったもんだ。小十郎が風邪なんて」
オレが一から十まで世話を焼いたら、完治した暁には額を畳に擦り付けるくらい頭を下げそうだ。挙げ句、切腹なんて言い出したりしてもまた苦労するな。
どうしたものかとちらりと振り向く。
とにかく水と手拭いだな。
政宗は伸びをして立ち上がると部屋を後にした。
シリアス路線から風邪ネタに大きく舵を切った。