青い瞳の別嬪さん

 様子見に政宗様の部屋へ向かうと案の定そこはもぬけの殻だった。
「またか…」
 これで今週は何度抜け出されたことか。せめてやるべき事はやってくれ、と口酸っぱく言ってるにもかかわらず政宗様は全く聞く耳を持とうとしない。
 やるせない気持ちになった俺を慰めるかのようにぽすぽすと叩かれるのを足元に感じた。
「……猫?」
 下に目をやると妙に落ち着いた雰囲気の黒猫が俺を同情しているように見えた。
「生憎お前に同情されるほど落ち込んじゃいねぇ」
 屈んで猫の鼻を軽く突くとにゃあと鳴いた。
 それはどういう意味だ。
 よくよく見ると野良猫にしては小綺麗で、瞳は澄んだ青空のような色をしていた。どうやら雄らしいこの猫は果たして野良猫か飼い猫か。どちらにせよ、媚びるような可愛らしさ──雄が可愛いのも可笑しな話だ──はない不思議な印象の猫だった。
「どうせ政宗様は暫くお帰りにならん。一緒に待つか?」
 人の言葉が解るようで、にゃあと鳴き部屋に入った。
 猫はうろうろと物珍しげに部屋を詮索していたので、俺は放置されている政宗様の机上を整理する。どうやら半分ほど仕事を終えたあたりで飽きたらしい。最近では一番ましな状況だ。
 背中をぽすぽすと叩かれて振り向くと、筆を指し示しじぃっと俺を見つめた。どうやら筆で遊べということらしい。
「案外普通の猫だな、お前」
 猫離れした──と形容したくなる雰囲気をした猫も本能には抗えないのか、筆でじゃらすと楽しんでいるように見えた。
「──小十郎」
 突如降ってきた声に俺と猫は、動きを止めその声がした方に体を向けた。声の主は待ち人もとい政宗様で、どうやら剣を振るっていたらしく滴る汗を拭いつつ鼻から血を垂らしていた。
「……お言葉ですが、鼻血を拭くべきかと」
「あ、ホントだ」
 手拭いでごしごしと血を拭い、足早に近づいてきた。
 何故鼻血を流していたかは不明だが、悪寒が走ったので訊かない方が身のためだろう。
「おー、えらく美人な猫じゃねぇか」
 まぁ小十郎には劣るけど、という言葉は聞かなかったことにしたい。
 政宗様は腰を下ろすとがしがしと猫の頭を撫でた。猫はその乱暴さに抗議するように鳴いた。
「この猫、どうしたんだ?」
「政宗様の部屋に参った折に出会いまして、政宗様がお戻りになるまで戯れてた次第」
「I see.それでさっきの光景か。小十郎が猫をじゃらしてるなんてrareだからな、鼻血も出るよなー」
 しれっと不穏な発言をしつつ、政宗様が猫を抱えあげる。
「目の色がblueだな。青空みてぇで綺麗だ」
「小十郎も同意見にございます」
「だよなぁ」
 嬉しそうに目を細める様子が大人びていて、立派になったとしみじみ思う。どうも俺も年をとったようだ。
 政宗様の手からするりと抜けた猫は颯爽と部屋を出ていこうとした。障子の陰で見えなくなる直前、猫ははたと振り返り頭を下げた──ように見えた。
「……お辞儀したよな、今」
「……小十郎の目にもそう映りました」
 猫はそれから度々やってくるようになり、城内では猫を見たら幸せになるとかいう噂まで流れるようになった。

猫を無駄に絡ませたくなる。

2011.02.05