「おい、小十郎。今宵は雪見酒と洒落こもうぜ」
声のする方を振り返れば、政宗様の背後にちらつく雪と雪で白く光る庭が見えた。
動かしていた筆を止め、政宗様に向き直る。
「お付き合いしましょう」
「Good!その言葉を待ってたぜ」
火鉢を縁側へ動かし、政宗様の盃に酒を注ぐ。本人は適当に取ったと言うだろうが上質な酒だろう。本来なら一家臣が口にするのもおこがましいのだが、以前断った折に逆鱗に触れてしまったので大人しく頂戴する。
今宵は満月らしく、雲の切れ間から覗く夜空には月以外に輝くものが見当たらない。
「静かだな」
ぽつりと聞こえるか聞こえないかくらいの掠れた呟きですら聞こえるくらいに辺りは無音だった。
「誠に」
この音も無く、ただ白い世界を見つめてこのお人は何を想うのだろう。
雪の白さに向かう政宗様を見ると、今にも崩れてしまいそうな脆さを感じてしまった。
「政宗様」
「Ah?」
「何をお想いですか」
政宗様は目をみはった。そのまま左目も溢れ落ちるのではと杞憂を抱くほどだった。
しばらくの沈黙の後、政宗様がゆっくり口を開いた。
「Ah……、そうだな。オレら以外に誰か雪を眺めてる奴はいるんだろうか、とか、……あとは、」
盃を置き、政宗様は俺を真っ直ぐ見た。射抜かれそうなほど真っ直ぐな視線なのに、どこか泣き出しそうな色を含んでいた。
「お前のことだな。こんな白くて静かな景色に何を考えてるかな、とか」
ああ、そうかと合点がいった。その目は初めて会った時の梵天丸様と同じ目だ。警戒と不安、僅かばかりの期待。
自分の想いを言うことに対する俺の反応への警戒、それが拒絶の類いではないかという不安、そして万に一つ同じ事を考えていたら、という期待。長い間仕えてきたというのに、まだ不安の方が勝っている現実を垣間見、少々落胆した。
「小十郎も同じようなことを考えておりました」
落胆を隠しやんやりと口にすると政宗様の隻眼に期待の色が浮かんだ。
「あなたがこの白さの中で何を想っておられるのか、と」
「結局、お互いのことを考えてたって訳か」
隻眼を細め、柔らかく笑った。
「左様ですな」
どちらともなく、雪の白に目を向けた。
雪は音も無く降り積もる。夜が明ければ誰かが嬉々として足跡をあの白に刻むことだろう。それはそれで勿体無い気もするし、一種の悦を味わうことができるようにも思う。それはきっと──。
「背徳感ってやつか」
「何がだ?」
思わず言葉にしてしまったようで、聞き返される。そのまま考えていたことを話すと、成る程な、と呟いたきり黙りこくってしまった。
「オレとお前は、そこに悦楽を覚えてる、don't we?」
「何を考えているかと思ったら」
「不毛だと思ってて、なのにそこに甘美な至福を見出だしてる、どうだ」
悪戯っ子のように微笑む政宗様に、俺も茶化して返した。
「そうでしょうな。なれど、少なくとも政宗様はお世継ぎを残さなければなりませんが」
「……小十郎、」
「お断りします」
「まだ何も言ってないぜ?」
「おおかた予想はつきます」
「……Shit」
肩を落とし、置いた盃を手にした政宗様に心がぐらついたが、ここで甘い対応をすると損をする(身体的に)のは俺だ。心を鬼にして動じない。
一気に盃の中身を煽った政宗様は、口角を持ち上げ艶っぽく笑んだ。
「小十郎、体温めてくれねぇ?」
それはどういった意味で?
そう訊ねようとした言葉は政宗様の耳に入ることはなかった。それよりも先に政宗様が抱きついてきた。
「政宗様?」
「Don't worry.何もしねぇよ、darling」
幼子のようにぎゅっとくっついてきた。あやすように背中に手を回すと、政宗様の顔が目と鼻の先にあった。
いつ見ても顔立ちが整っている。そう思うと右目の件は残念極まりない。いつも政宗様の顔が目の前にあると思わざるを得ない。
──そんなことを考えていると不意に唇を奪われた。
「何もなさらないのでは?」
「ただの愛情表現だ」
あまりにも嬉しそうに笑うから、つられて俺も頬が緩んでしまう。
その夜は昔を懐かしむかのように寄り添って眠りに落ちた。
後半失速気味というかなんというか。