触れるための口実をください

 世の中、気づかなければよかったことなんてざらにある。
 この恋心も然り。初恋は叶わないとは言うけれど、恋は甘酸っぱいとは言うけれど、ここまで酸っぱく不毛な初恋は無いと思う。
 オレは男で、恋した相手も男。さらに言えば、その相手は中性的な顔立ちでもなければ華奢な体つきでもない。寧ろオレよりもガタイのいい十も年上の、オレの忠臣だ。
 オレの──竜の右目としてオレのすぐ傍に仕えているもんだから、尚更気づかなければよかった。知将と名高い彼はオレの些細な変化にすら気づく。どれだけオレが平静を保つのに苦労していることか。

 日に日に増していく想いを振り切るように竹刀を振る。若さのせいか、欲情さえしてしまう。それに気後れして顔もまともに見れない。
 竹刀を振る手を休め、夕陽の差し込む床を睨む。
 まだオレが“梵天丸”なら良かった。庇護を受けてる無知な子供のままなら、ここまで欲情することも護りたいと望むこともなく過ごしたに違いない。それに求めればあの体温はすぐに手に入った。なまじ心身共に成長し、“右目”を失わぬために強くありたいと願い、一人の男として見てしまった。そして自尊心のためにあの体温を求めることすら、オレは自身に許さなかった。

「政宗様」
「ぬぉっ!?」
「背後が隙だらけですぞ」
「あ、ああ」
 声を掛けられるまで気配に全く気づかなかった。Shit、独眼竜の名が廃るぜ。
「小十郎」
 堪えかねて愛しい名前を呼ぶ。オレの胸中を知ってか知らずか小十郎は普段と変わらず返事をした。
「如何しましたか」
「……いや、やっぱり何でもない」
 気にするな、と告げたが我ながら怪しさ満点だと思う。
 抱き締めさせてくれ、なんて言えるわけがなかった。言ったところで気まずいに決まっている。
「無知なままだったらな」
 自嘲気味に乾いた笑い声を上げた。


お題:確かに恋だった
“梵天丸”と“政宗”の間で揺れる筆頭。

2011.01.29