好きだ。愛してる。
愛を紡げばどんな顔をするだろうか。眉根を寄せて一時の気の迷いだとこんこんと説教するのか、それとも困り果てて苦り切った笑みを浮かべ拒絶するのか。
一時の気の迷いだと言われるなら、それは断じて違う、と一晩中でもオレの愛の深さを語ることができる。拒絶されたら、この不毛なオレの初恋をなんとか握り潰すとしよう。そうしてまた竜の右目と馳せてくれるのなら。
自分の勇気を総動員して、呼びつけた小十郎を前にした。
「政宗様、斯様な時間に何用で」
小十郎の言い分は尤もだ。陽などとうの昔にとっぷりと暮れ、濃紺の空には皮肉にもオレの前立と同じ三日月が燦然と輝いていた。そんな時分に神妙な面持ちの主君に呼びつけられたとあれば、誰だって何か重大なことがあったかとあるいは粗相をしたかと勘繰りたくなる。
そのどちらでもないオレにとっての一世一代の決心は、天下取りと比べれば些末だと思われるだろう。それでもオレには寧ろ天下取りよりも重大だ。
「こんな時間に悪いな」
「いえ、余程重要な件であるならば致し方無いこと」
「その、ah……重要っちゃ重要なんだが……」
独眼竜が聞いて呆れる。オレの決意はどこ行った。
いざ口にしようとすると、あちこちから変な汗は出るし、自分の鼓動ばかりやけに響くし、意味の無い言葉だけがするすると口から出ていく。
煮え切らない態度に何を察したか、小十郎はいつものような小言を発しなかった。まるでオレが何を想い、何故躊躇しているかを見透かしているような目でオレを見つめていた。
「小十郎、」
「何にございましょう」
穏やかな声音に、密かに息を吐く。
今しか無い。言うんだ、独眼竜伊達政宗。オレならできるだろう?
自らを奮い立たせながら、天下取りの方がよっぽど容易なんじゃないかとさえ思った。
「……愛してる」
たった五音。口の中で何度も何度も繰り返した音を口から出す、ただそれだけにオレは何年と要した。その想いの深さとオレの臆病さを小十郎、お前はたった五音から汲み取ってくれるだろうか。
小十郎は何も言わない。眉を寄せるでも苦笑するでもなく、ただ口を真一文字に結んだ。
拒絶するならこの一度しか機会は無いぜ、小十郎。オレは諦めが悪いんだ。知ってるだろう?
「小十郎……?」
まさか固まってる?
何も言わず、表情一つ崩さない小十郎に不安になる。これで聞いてなかったと言われた日にはオレはどんな顔をしたら、どんな態度を取ったらいいんだろう。
痛いくらいにオレの鼓動が響き、掌がじっとりと汗ばんでいる。
「小十郎」
再度名前を呼ぶ。途端、音がしそうなくらい小十郎の頬が真っ赤に染まった。
「……え?」
何その反応。可愛くて可愛くて仕方ない。今すぐこの場で押し倒したいくらいだ。
「政宗様」
「……はい」
「……本気で仰られたのか?」
「当然だ!」
「……左様ですか」
思案するように少し伏せられた目許に、不安より期待が勝った。
「小十郎、オレは明快な答えが欲しい。オレはお前が好きだ。それで、お前は?」
「……お慕いしております」
観念したように紡がれた言葉にオレは内心小躍りした。嗚呼、よもや実ろうとは!
小十郎は普段からは想像もできないほどに頬を染め、羞恥心からか再び唇をきつく結んだ。
「小十郎」
嬉しさのあまり飛びつくと、顔を背けるように俯いた小十郎の手がおずおずと背中に回った。
まさに、やまなしおちなしいみなし。ヘタレ筆頭。