笑顔と爪痕と甘い嘘

 俺はお前の望むような愛情なんてかけねえからな。

 そう告げたのはいつだっただろうか。あいつはそれに、いつもの本心の知れない笑顔でにたりと笑って「それでもいいよ。それだからアンタが好きなんだ」と返したことは覚えている。

 任務は基本的に俺とあいつとで組むことが多い。なんでかは知らない。ずっとそうだった。リーダーの気まぐれかもしれない。俺の癇癪を平然と流せるのがあいつくらいしかいなかったからかもしれない。
 組むことが多い、と言ってもあいつは遠隔操作型だから実行のときは一緒にはいない。目標を張り込んで機が熟すのを待つときと目標を始末し終えたときが一緒になるだけだ。ただそれだけ。
 目標捕捉しかる後に別行動。といったタイミングであいつは俺に告げたんだ。いとも容易く、あっさりと。
「ねえギアッチョ、無事に帰ったら付き合おう」
 人間、理解不能のことを言われたら怒りも何もすっとんじまうんだな。あの時初めて思ったよ。その時何も言わずあいつと別れた。ちょうど冬がやってきたくらいだった。寒くなってきたから仕事がしやすいとか関係ないことを考えてたからはっきりと覚えてる。
 それから、なし崩し的にいわゆる「お付き合い」というものを人知れず始めた。ひっそりと。

「お前はもっと綺麗なモンが好きだと思ってた」
 珍しく雪が降った日、俺はあいつにぽつりと尋ねたことがある。あいつはきょとんとしてた。
「綺麗なものは好きだよ。もしそれが外見の話をしているなら、時と場合による、とでも返しておこうか。俺は外見の美醜は重要だと思ってないし」
 一気に捲し立てて、俺の目を覗き込んできた。なんとなく不愉快でぶん殴った。
「ベネ!コンプレックスがあるなら懇切丁寧に取り除いてあげようか?俺はアンタのコンプレックスくらい昇華できるよ」
「黙ってろ。そんなんじゃねーよ」
「アンタはさ、心が綺麗だよね。新雪みたいなの」
「気色悪い」
 養豚場の豚を見るように視線を向ければ、あいつは任務前に「母親」を探すときのように下卑た笑みを浮かべていたもんだから思わず距離を置いた。「一面の新雪に初めて足跡をつけるのってひどく興奮すると思わないか?」と聞こえたのも束の間、手首を掴まれ壁に押し付けられる。
「何すんだ、メローネ」
「時々さ、アンタを手酷く抱きたくなる。アンタが涙で顔を歪ませるところが見たい。ねえギアッチョ、酷い奴と思うかい?」
 徐々に熱が入る口調。俺の手首にあいつの爪が食い込む。痛みに僅かに眉根を寄せた。
「酷いも何も……元々てめーはそんな倫理観持ち合わせてないだろうが。てめーの発想には反吐が出る」
「……ベネ。それでこそギアッチョだよ」
 ぱっと解放された。手首には爪痕が残った。痛えよ。
「何なんだ、ほんと。気が済んだらさっさとメシつくれ」
 心底苛立たしくてあいつを本気で蹴っ飛ばした。

 俺はあいつの望むような愛情を持ち合わせていない。
 あいつは俺の理解できる思考を持ち合わせていない。

 それでも今日もあいつとメシを食うし、任務もする。それでいい。十分だ。



お題は「確かに恋だった。」様から。

2014.02.25