きっかけはいつだったのか分からない。
中学校に入学したときからか、あるいは卒業のとき、あるいは成人したとき。今思い返してみてもあまりにも自然で、あまりにも無意識で、全く見当がつかない。
それくらい前に働いた愚かな俺の防衛本能。
他人にも、愛する兄弟たちにすらも、心の奥底の柔らかい部分を触れられないように、丁寧に少しずつ少しずつ無意識に重ねた見栄や虚勢。大人になって気づいてしまえば、あまりにも分厚く頑丈な鎧が幾重にも俺の周りにあった。
俺ですら気づかなかったんだ。誰ひとり気づいていないと思っていた。
自分ですら気づかない殻を見抜いたのは、兄弟で最も聡い四男だった。
「ねえ、カラ松兄さん」
肩越しに降ってくるか細い声は果たしてあの一松のものだったのだろうか。夜道に一人投げ出されてしまった迷子のような声だった。日中つっけんどんな態度を取る弟とはあまりにもかけ離れていた。
「お願いだから、俺にだけは全部見せてよ」
いつから気づいていたんだ、とは聞けなかった。斜に構えたようでいてひどく真っ直ぐな彼の眼に、俺のちんけな鎧がどれほど滑稽に見えていたかなど問う気にはなれなかった。
見上げた夜空のように、ぽつぽつと降る弟からの情愛は一番外側の殻に染みるだけだった。それでもどこかで殻の中が満たされる予感がして、一番星のような感情をそっと掬った。
俺の身体を骨が軋むほど抱き締めた弟は小刻みに震えていた覚えがある。
兄弟の枠から少し外れた後も、普段の関係性はさほど変化しなかった。
自己嫌悪が過ぎる弟は、俺の行動を実に冷ややかな目で見ていた。何もかもを見透かすような視線だった。やはり聡明な弟には以前から見えていたんだろう。哀れな兄は一体どのように映っていたのだろうか。
芯まで抉ろうとする鋭い言葉がずっと投げられていた。攻撃されているとは自覚していた。それでも、傷つくのは一番外側だけだ。何重にも囲われた狭い狭い殻の中にいた俺は傷つかない。壊れることもない。
もし、自惚れてもいいなら、あれは一松なりの愛情表現なのか。いつの間にか自分で囚われてしまった俺を救うためだと、殻を壊すためだと、思ってもいいのか。道化の仮面の下に潜り込んでしまった、愛されたいと渇望する俺に手を伸ばしてくれるのか。
「俺、いつまででも待つから」
額を合わせて愛しそうに一松が言う。俺は自分から晒せるのだろうか。不安に思っていると、彼は片眉を上げて歯を見せた。
「でも、待ってるだけは性に合わないから行けるとこまで迎えに行くからそのつもりでいろよ」
「ああ」
素直に愛情を受け取ろうには自己防衛の鎧を着こみすぎた。自分ではもう、脱げなくなったんだ。
「一松、」
「なに?」
名前を呼べば返事がある距離がとても愛おしい。
「何でもない」
「変なの」
一松、お前に全てを曝け出したいと思ったんだ。だから、俺の着こんだ鎧を、分厚い殻を全部壊してほしい。もうお前にしかできないんだ。
そうしたらきっとお前からの愛情を正面から受け取って、俺からも愛情を渡してやれると思うんだ。
NICO Touches The Wallsの「マトリョーシカ」を聞きながら。ネスティングは入れ子構造のことです。
愛されたいと願望を封印して、厳重に押し殺して、イタくなることを道化でいることを選んだせいで、負の感情はおろか正の感情(愛情)を真向に受け取れないカラ松。それを(本人よりも前に)知っていて暴きたかった、攻撃的な態度で鋭利な言葉で壊してしまいたかった(恋する)一松。という構図。