芸術活動なんてものは自慰行為に似ている。と思う。
一松は足元に散らばった紙と絵具を見下ろした。どれもこれも失敗作だ。びりびりに破ったもの、ぐしゃぐしゃに丸めたもの、そのまま床に放ったもの。形状は様々だが、それが失敗作であるという事実は覆らない。
「きれいなのに」
兄弟の誰かが足元の一枚を拾い上げて零した。誰だっただろうか。
「意味ないんだよ、きれいなだけじゃ」
その誰かは眉根を寄せて「きれいなのに」ともう一度繰り返した。その不貞腐れた声に幼さを感じる。そうか、その青を拾ったのは末弟だったか。
「意味がないんだ。お前じゃだめなんだ」
一松は繰り返して目を閉じた。
一松はぽんと弦を弾いた。静かな部屋に音は霧散した。静寂が耳に痛くて、一心不乱に弦を爪弾く。掻き鳴らしたギターを伴奏に一松は遠慮がちに声帯を震わせる。音を紡げば紡ぐほど空しく消えてゆく。
「兄さん」
相応しい言葉が見つからないとでも言うように、一つ下の弟が一松を呼んだ。返事の代わりに弦を弾く。
「この辺がぎゅっとするんだ」
泣き出しそうな顔で胸を押さえた弟に掛けるべき言葉が見つからなくて「俺もだよ」と掠れた声でやっと言った。
「でも、」
静まりきった部屋で、一松は目を閉じる。
「届かないんだ、ずっと」
末弟の真似をするかのようにシャッターを切る。ピントの合わない写真。まるで自分の心境のようだと一松は自嘲する。
「これ」
一つ上の兄が写真を繰っていた手を止める。
「いい写真だな。きれいだ」
「そうかな」
「きれいだよ。自信を持ったらいい」
ひらりと手渡された写真は綺麗な朝焼けだった。透明な青が辺りを包んでいる。確かに、綺麗だ。
「自信って、なんの」
思わず零れた問いに兄は微かに笑った。
「それは僕が言うことじゃない」
瞼の裏に朝焼けの光が焼き付いて離れなくなった。
「伝えたらいいのに」
短くなった鉛筆を見て、長男が笑った。
「そんなに言葉が溢れるなら、いっそのことぶつけてしまえばいいのに」
屑籠から溢れた原稿用紙を見て、再び笑った。
「伝わるなら、苦労しない」
「そうか」
おもむろに丸められた紙を丁寧に広げて、同じように丁寧に折り目をつけていく。
「長期戦は首を絞めるぞ」
出来上がった紙飛行機をつい、と窓の外へ放った。俺の言葉を乗せてどこまで行くのだろう、と一松は他人事のように考えた。
いつか、なんて未来がないことはうんざりするほど分かっていた。一松が直接動かなければ意味がないことを理解していた。回りくどい方法では伝わらないことくらい、理解していた。
陳腐な言葉でしか伝えられそうになくて、吐き気がした。もっと、もっとありのままの激情を伝えたいのに。
「カラ松」
久々に名前を呼んだ気がする。当人にちゃんと聞こえているように、と願わずにはいられなかった。
「伝えたいことがあるんだけど」
ありふれた表現でも、伝われば、伝わってさえくれれば。一松は藁にも縋る想いで言葉を継いだ。
TK from 凛として時雨の「an artist」を聞きながら。
末弟は彼の想いがきれいだと言い、五男は彼の想いに胸を打たれ、三男は彼の想いを認め、長男は彼の背中を押す、そんな構図。