六人の中で一番仲が良いのは誰ですか。
雑誌の特集で六人組のアーティストがそんな質問をされていた。楽しそうに名前とエピソードを挙げる彼らは、見るからに仲が良さそうで、グループでの仲の良さが女性に人気なのだろうと分析する。六人と聞き、同じく六人いる自分たち兄弟をトド松はぼんやりと思い浮かべた。
最初に思いつくのは十四松兄さんだ。ただ、仲が良いかと言われると即答はできない。見てる分にはとても好きなのだけど、巻き込まれると一般的な体力しかない僕は着いていけない。チョロ松兄さんはクソダサいから論外だし、おそ松兄さんは仲が良いというより考えが近いって感じだ。後はカラ松兄さんと一松兄さんか。それだったら――。
トド松はおもむろに雑誌のページを捲りながら自問自答を終わらせた。
「ねえカラ松兄さん、明日買い物に付き合ってよ」
居間で一心不乱に鏡を見つめる次男に、トド松は甘えるような声を掛けた。鏡からこちらに意識を向けてくれたカラ松は二つ返事で了承した。お礼と共に軽く揶揄すれば、言葉だけ彼の頭上を滑っていく。すっかりこのやりとりにも慣れてしまったトド松は追及することもなく、再び鏡に意識が戻り始めた兄に「じゃあ楽しみにしてるね」と会話を終わらせるだけにとどまった。
たったこれだけのやり取りの間感じていた身を焼くような視線に素知らぬふりができた自分を褒めたい、と思いつつトド松はその視線の元を辿らずにはいられなかった。
「嫉妬する男はモテないよ?」
一松兄さん、と視線の先にいた兄に声を掛ける。トド松の言葉にじとりと絡みつく視線が一層強まり、思わずトド松は背中を強張らせた。
「いいよ、お前みたいにモテなくても」
一松のねっとりとした声音に本能的な恐怖を感じる。どう足掻いたってこの兄には敵わないのだと痛感させられる。トド松は一松が言外に、カラ松さえ自分の手の中に収まってくれるなら何も求めないと示しているのを察していた。
「何それ、僕に喧嘩売ってる?」
「まさか可愛い末弟をいじめるだなんて、そんな」
一松の目が三日月のように歪んだ。そんなこと思ってないくせに。心の中で毒づいたはずの言葉はトド松の意思に反して、口に出ていて一松の耳にも届いたらしい。ひひ、と乾いた笑いにトド松はうなだれて息をついた。
「はいはい正解です。そんなこと思ってません」
緩慢な動作で立ち上がり、一松はトド松に近づいた。一松の一挙一動から目を逸らせないまま、トド松は後ずさる。まだ穏やかだが、何をされるか分かったものじゃない。一松の嫉妬の矛先が向くのは――有り体に言えば、一松の被害に一番遭うのは末弟トド松だった。過去に受けた数々の所業がトド松の脳裏をよぎる。
「そもそもお前らの買い物ついてくの疲れるから無理」
一松は途端に空気を和らげて、兄の顔で笑った。突然のことで毒気を抜かれ、トド松は無言で目をしばたかせた。じゃあ、今までの邪悪なオーラは冗談だってこと?思った通りの言葉が口を突けば一松は「半分な」と口の端を持ち上げた。
「半分はお前の反応が面白かったから。もう半分は、まあ、知ってんだろ」
一方的に告げて一松は通り過ぎた。すれ違いざまに足を蹴られたのは照れ隠しの一種だろうとトド松は無理矢理納得することにした。
「……素直じゃないよねえ」
未だに鏡を見つめているカラ松の横に座り込む。ちらりと視線を投げかけて「そう思うでしょ」と付け加えると、兄は微笑ましくてしょうがないというような表情を浮かべていた。
「なんだかんだいって仲良いよな」
「ハァ?誰と誰が?」
鏡を見ながらもカラ松がさっきのやり取りを見ていたのは知っていたから同意を求めたというのに予想外の返答にトド松は素っ頓狂な声を上げてしまった。こういうツッコミはチョロ松兄さんとかの役目だろ。トド松の中の冷静な部分が冷ややかに吐き捨てた。
そんなトド松の内心を察することなく、カラ松は慈愛に満ちたような瞳を細めた。
「誰って、もちろん一松とトド松しかいないだろう?」
「ありえない。ありえないよ、カラ松兄さん。一体今のやり取りにそんな微笑ましい要素があったの」
「気づいてないのか?」
意外だとありありと書いてあるカラ松の顔をじっと見つめる。何に、と問うのは愚問だろう。十中八九一松のことだとトド松は確信していた。
一松の奥底に隠されている柔らかい部分に触れられるのは唯一カラ松だけなのだ。それは逆も然りで、トド松にはどう足掻いても侵すことができない。だからこうしてカラ松が当然のように把握してるといえば一松のことに決まっていた。
「一松はさ、トド松と話してるとき結構生き生きしてるんだよ」
やっぱり一松兄さんのことか。読みが当たったことに満足しつつ、先程の一松とのやり取りを思い返す。生き生きしているという表現はどう考えても不似合いだ。そんな綺麗な明るい言葉よりももっとどろどろとしていて醜いような表現の方がふさわしいんじゃないのか。
「カラ松兄さんの目がポンコツなんじゃないの?」
「そうかぁ?トド松の反応が面白くて仕方ないみたいな顔してたじゃないか」
「それは否定しないけど、別に仲良くはなくない?」
ああ言えばこう言うトド松の言葉にカラ松は腕を組んで考え込んでしまった。
「上手くは言えないんだが……一松はトド松にちょっかいをかけるのを楽しんでる」
「……だろうね」
少し前まで感じていた恐怖を思い出してトド松は背中を震わせた。ちょっかい、なんて可愛げのある言葉で片付くくらいならいいのに。
「で、トド松も一松にちょっかいをかけるのをやめられない程度には楽しんでる」
トド松は黙って、兄が最後まで言葉を紡ぐのを見ていた。
「どこまでが冗談でどこからが本気か俺は分からないが、お互い好きでじゃれ合ってるように見えて、俺は仲が良いと思うよ」
分かってもらえたかと確かめるようにトド松の瞳をカラ松が覗き込む。良くも悪くも真っ直ぐ澄んだ瞳に、一松兄さんはきっとこの目に弱いなとぼんやりと考えた。
「なんかさ、そういうの他人に言われるのムカつくよね」
「えっ、その、すまん」
反射的に謝る兄に、そうじゃないんだけどなと思いつつトド松は立ち上がった。
「どっか行くのか」
「うん、ちょっとね」
「そうか。もし一松に会ったら、煙草買ってくるように頼んでくれないか」
「もし、ね」
「ああ。金は渡しとくから」
ごそごそとポケットを探って見つけた小銭がそのままトド松の広げた手のひらに落とされる。乗せられた小銭をじっと見つめたままのトド松にカラ松が「よろしくな」と告げると弾かれたように玄関を出ていった。
「時々は兄貴面してもいいよな」
誰もいなくなった居間で煙草に火をつけたカラ松の言葉はトド松には届かなかった。
恥ずかしい、恥ずかしい。カラ松兄さんにはお見通しだなんて。あんな聡い兄の顔をするなんて!
火照った顔にひんやりとした夕風が心地良い。思わず家を飛び出してしまったが、トド松の足は目的地に一直線に向いていた。
「一松兄さん」
ビルの陰で兄の顔はよく見えない。それでも空気で笑っているのが分かる。もしかしてこの兄にもお見通しだったのだろうか。
「よくここだって分かったな」
「勘」
はは、とさっきまで話していた別の兄のような人好きのする笑い声がビルの壁に反射した。湿っぽい匂いと一緒に煙の匂いが肺に流れ込んでくる。
「さすがトッティ」
「カラ松兄さんが煙草買って来いって」
ずいと一松の目の前で手を広げる。目が暗さに慣れてきたため、トド松にも一松が目を丸くしたのが分かった。伝言と小銭で察したのかがしがしと頭を掻いて一松は深い溜息をついた。息と一緒に吐き出された煙はゆらゆらとしばらく漂っていた。
「……クソ松のくせに」
煙草を乱暴にサンダルで揉み消して、一松は「お前、用ある?」とトド松に尋ねた。
「帰るだけだけど」
「じゃあコンビニ付き合えよ。肉まんかなんか奢るし」
ぺたぺたとサンダルを鳴らす一松と並んでコンビニに向かう。しばらく無言だった。
「俺もお前も弟だったってわけだ」
沈黙に耐えられなかったのか一松が先に口を開いた。珍しいな、と思ったが上手い返しが思いつかずにトド松は黙って続きを聞いた。
「どうせ俺が出ていった後アイツに何か吹き込まれただろ?じゃなきゃ俺に煙草買って来いとかお前に伝言頼むわけねえし、釣りが来るくらいの金額を渡してくるわけもねえし」
「どういうこと?」
「……察しろよ」
「無理でしょ。僕、一松兄さんみたいに闇抱えてないし」
「俺もお前みたいなドライモンスターじゃねえよ……って、何その顔ムカつく」
思わず笑っていたらしい。ふくらはぎを一松に蹴られた。
「素直じゃないよねえ」
にやにやとトド松が笑えば、一松は鋭い舌打ちで返した。
「分かってるんじゃねえか、このクソ末弟」
「さすがに分かってたよ。カラ松兄さんに見透かされてたのは悔しいけど」
トド松が一松に会いに行こうと家を出るのをカラ松は気づいてた。だから、煙草だなんて口実を、大義名分をトド松に与えた。煙草だけ買うには十分すぎる金額を渡したのは一松に対しての気遣いだ。お互いに兄弟愛を正面からぶつけることのできない弟たちへの兄からの愛情というやつだった。
それを瞬時に気づくくらいにはトド松も一松も頭は回る方だった。だからこそそんな気遣いが恥ずかしい。
「珍しく意見が合うなトッティ」
「その呼び方やめてってば」
やいのやいのと言葉の応酬をしながら帰宅するなり、にやにやと長兄そっくりのいやらしい笑みを浮かべたカラ松と出くわした。一松は頼まれた煙草を、トド松は余ったお金で買った肉まんをそれぞれ兄の顔に向かって投げつけた。
「お前ら二人とも本当に素直じゃないよなあ」
痛む鼻を擦りながらどすどすと自室に戻っていく二人の弟を見送る。ちらっと見えた耳が赤かったのは寒さのせいかもしれないし、そうではないかもしれない。
「本当似てるよ」
まだ温かい肉まんをかじりながらカラ松はこっそりと階段を上った。
兄貴面するカラ松と、素直じゃない一松とトド松。
一カラと兄弟シリーズはちまちま書いていきたい。