一卵性の六つ子でも差異はある。性格はもちろん、体質も微妙に違う。例えば、髪質、体温、あるいは、酒の強さ。
「働かない人生を謳歌したい!ニート万歳!」
「おい、誰だ。ここまでカラ松に酒飲ませたヤツ」
顔を赤くして三男チョロ松が問う。顔が赤いのは怒りのせいではない。アルコールのせいだ。
「俺で〜す」
日本酒をぐいっと煽って長男おそ松がへらへらと笑う。今度こそ怒りで顔を赤くしたチョロ松に動じることなく「お前もいっとく?」とおちょこを差し出した。なみなみに注がれた日本酒をチョロ松が一気に飲み干す。
「いいねえ!さっすがチョロ松!」
「おだてたってカラ松背負っては帰んねえからな、クソ長男」
「ちぇー」
元から期待していなかったのか、わざとらしく唇をすぼめる長男を見て三男は溜息をついた。
「僕もやだからね」
兄二人のやり取りを聞いて早々に牽制したのは末弟トド松である。次に話を振ろうとしてたおそ松は先手を打たれて矛先を変えた。
「じゃあ十四松」
「いいよ!」
気前よく笑った五男十四松の視線はやや宙を泳いでいる。それに気づいたチョロ松が「いや、十四松に任せたらカラ松死ぬよ?」と叫んだ。渦中の次男カラ松はというとふわふわ笑って何の話だか全く理解していないようだった。
ここで話振られたら面倒くせえなあ。四男一松はかなり薄めた焼酎の水割りをちびちび飲んで兄弟達を眺めていた。
六つ子の中でアルコールに弱いのは次男と四男の二人だけである。カラ松と一松は体質が似ている。
「おい、カラ松。起きろ」
ぺちぺちと頬を叩かれる感覚で意識が覚醒する。居酒屋で飲んでいたはずだが、おそ松に日本酒を勧められてからの記憶が曖昧だった。
「起きねえと置いて帰る」
苛立った低い声にカラ松の背筋が粟立つ。慌てて上体を起こすと、いつにも増して目が開いていない一松と目が合った。気怠さは見てとれるが、怒ってはいないようだ。すまない、と謝って席を立つ。
「みんなは?」
「もう店から出た。二軒目行くって言ってたけどどうする?」
「帰って寝たい。一松は?」
「俺も帰って寝たい」
「帰るか」
ごちそうさまでした、と店主に告げて店を後にする。火照った体に夜風が心地良い。寝たおかげでいくらか酔いも醒めた。
「あのさ」
一松がおもむろに口を開く。六人でいれば口数が少ない部類に入る二人では、一松の方がよく話す。カラ松は一つ下の弟に一松と帰宅する旨を送信し、言葉の続きを待った。
「俺たち、本当は六つ子じゃなかったらどうする?」
「随分と突飛な話だな」
どことなく浮ついた口調に、酔っ払いの戯言だなと思う。よくある仮定の話だ。カラ松は一松のそういう話が嫌いではなかったし、話題が提供されているのだから乗らない理由はなかった。
「六つ子じゃないってどういうことだ、一松」
「例えば、三つ子だったら、ってこと」
「ああ、そっちか」
考え込むカラ松に、数が多い方を想定した方がホラーじゃないのかと一松は思った。それはそれで興味があるので今度聞いてみよう、と頭の中で付箋を貼った。酔っているからあまり期待はできないが。
「三つ子が二つに分かれて六つ子になったってことだよな?」
「そう。誰と誰が一緒だったと思う?」
誰と一つになりたい?という言葉は飲み込んだ。家に着いたら話は終わり。一松はカラ松の返答を聞かずにさっさと靴を脱いだ。このまま寝てしまいたい。ふらふらと階段を上がる一松に「風呂入るか?」とカラ松はお節介にも声を掛けた。目をしばたかせ、一松はこくんと頷いた。
「さっきの話だけど」
すっかり酔いが醒めたカラ松は、眠そうな一松を湯船につからせてから話を続けた。半分目を閉じた一松が気のない返事を寄越す。
「俺、一松と一緒だったんならいいな」
カラ松はへにゃりと力なく笑った。途端、湯船からバシャンと盛大な水音と水飛沫が飛んだ。
「は?え、一松どうした?」
慌てて湯船を見ると一松が湯に顔を突っ込んでいた。ぶくぶくと泡が出ているところを見ると息はしているらしい。恐る恐るカラ松が一松の名前を呼ぶとザバァと勢いよく一松が顔を上げた。
「えっと、大丈夫か?」
「大丈夫じゃねえよ、バカ」
カラ松の発言で一松の酔いは一気に吹っ飛んだ。顔が熱いのは湯気のせいじゃない。
「で、その心は?」
さすがに成人男性二人で入るには狭いな、と思いつつ自分より低い位置にあるカラ松のつむじに問う。後ろから抱きかかえるようにしているとカラ松は手持無沙汰なのか、一松の手のひらをむにむにと揉み始めた。
「俺と一松の体質が似てるからだな」
「他には?」
「他?そうだなぁ」
手が動かせないから一松はぐりぐりとカラ松の頭に額を押し付ける。猫みたいだなとカラ松が笑うと、さっさと答えろとぶっきらぼうな返答が頭の上から聞こえた。
「需要と供給が一致してるから」
「何それ、どういうこと」
「俺はカラッポだから誰かに満たされたいってこと」
カラ松の手が止まった、と思った瞬間右腕が一松の後頭部に伸びてきた。がっしり固定され、上を向いたカラ松の顔に引き寄せられる。唇が離れ、うっとりとカラ松の目が細められる。
「一松となら満たされるってことだよ」
したり顔で微笑むカラ松に一松は悔しそうに「俺もだよ」と告げた。カラ松に出し抜かれたままは悔しい。カラ松の両肩を掴み体勢を反転させる。正面から抱き締めて一松はカラ松の耳元に顔を寄せた。
「僕も、カラ松兄さんが受け入れてくれるから僕でいられるんだ」
耳たぶに軽く唇を落とす。
「一松……、お前、ずるいわ」
カラ松がずるずると一松の肩に頭を預ける。一矢報いたと言わんばかりに一松が笑っているのが身体を通して伝わってくる。
「やられっぱなしは性に合わないもんでね」
「……のぼせそう」
「何に?」
「風呂にも、お前にも」
一松を見てカラ松がにやりと笑う。どちらともなく顔が近づき、離れた。満足気に微笑んで、風呂場を後にした。
「朝まで帰りません、ってさ」
布団に潜りこんだ一松がトド松からのメールを見せる。添付された画像にはいつものバカ騒ぎの様子が写っていた。
「よくあんなに飲めるよな」
「同感。時々ついていけないんだよね」
「そうそう。って、お前足冷たいな」
カラ松は足先に感じる冷たさに眉をしかめた。体質は似ていると言っても真逆なのが体温だ。
「温めてよ、お兄ちゃん」
にやりと笑った弟の冷えた足先を温めるべく、カラ松は自分の足先で擦る。
混ざりあう体温のように一つになれたらいいのに、と一松はぼんやりと思った。
「おやすみ」
最後に挨拶したのはカラ松か、一松か。それすらも曖昧になって二人は夢の世界へ落ちていった。
一卵性だとアルコール耐性全く一緒らしいですけどね。フィクションフィクション。
気づいたら風呂でいちゃいちゃしてたけど全然エロくはならなかった。