空メールの行先

 土方さんからよく空メールが届く。よく、と言ってもほとんど毎日顔を合わせちゃいるから頻度としては少ない方かもしれない。でも俺の受信フォルダには件名どころか本文もない、ただまっさらなメールが大量に残っている。
 手元の携帯電話がメールを受信したことを告げる。ちょうど想っていた相手から思った通りのメールが届いた。
「相変わらず意味がわからねー」
 いつも通り画面を閉じて、無言の携帯電話にひとりごちた。食べかけの団子に手を伸ばす。そろそろ巡回サボってんじゃねーと電話がかかるかもしれない。ああ、やだやだ。
 ふと甘味処の店先に鯉のぼりが飾ってあることに気がつく。
「旦那ァ、今日って何日だっけ」
「今日は5月5日、端午の節句ですよ」
 店の主人に声を掛けると返事とともに熱い茶を出してくれた。馴染みの店はこういう気配りが心地いい。
「じゃあ柏餅3つ貰って帰ろうかな」
 主人に言えば快い了承を得た。茶を啜り、主人が店の奥に戻るのを見送る。
「たまには返してやるか」
 真っ白なメール画面を開いて返信ボタンを押す。件名は書かない。本文も書かない。少しは意味が伝わるだろう。
「沖田さん、お待たせしました」
「どうも」
「これ、おまけでつけときますね」
 小さな鯉のぼりを包みにさして、店主は微笑んだ。こどもの日だけど、俺をこども扱いするのは違うんじゃねーの。帰ってもむさくるしい男しかいねーし。なんてことは言わず軽く礼を告げた。

「総悟」
 想定外の登場に驚きを隠せない。なんで俺の目の前にいやがるんだ。
「何ですかい、土方さん。俺ァ真面目に巡回してましたぜ」
「真面目に巡回してる奴がそんな包み持ってるわけねーんだがな」
「言い掛かりでさァ。これは気の良い主人がいつも頑張ってるからっつってくれたんですぜ」
「どうだか」
 俺の手にした包みを見て溜息をつく。溜息と一緒に白い煙が空に昇っていった。
「で、この鯉のぼりは何なんだ」
 鯉のぼりを包みから抜き取り、くるくると弄ぶ。青と赤の小さな鯉のぼりもくるくる回る。
「今日こどもの日らしいんで、付けてくれやした」
 返事もそぞろに土方さんは鯉のぼりをくるくる回す。何が面白いんだか。
「こどもの日といやぁ、アンタ誕生日ですねィ」
 鯉のぼりを回す手がぴたっと止まった。
「おめでとうございまさァ。何も用意してねーけど」
「てめーから貰うモンは毒でも盛ってそうでこっちから願い下げだ」
「その代わり、こどもの日なんで柏餅はあります」
「そうか」
 再び鯉のぼりがくるくる回る。分かりやすい性格してんなァ。
「3つ買ったんで近藤さんと食べやしょう」
「そうだな」

 屯所に戻って3人で柏餅を食べた。夜、土方さんと近藤さんは飲んだらしいが俺は混ざる気にもなれなかった。小さな鯉のぼりは俺の手元にある。
「これ、どうっすかねェ」
 ふと携帯電話を開くとメールが届いていた。件名も本文もないメール。ただ違和感を覚えて、無駄だと思いつつも下にスクロールしてみる。あれ、下がある。文字が出てくるまでスクロールを続ける。もしこれで何も無かったら明日ぶっ殺そう。

 うんざりするほどスクロールした先に見つけた一言に口角が上がるのを隠し切れないまま、小さな鯉のぼりと部屋を出た。

1日遅れだけど、土方さんお誕生日おめでとう。


2014.05.06