生まれ変わっても僕のままでいい

 ウチのダメガネがまた恋をした。

「また新八溜息ついてるアル。うっとーしいから銀ちゃん何とかしてヨ」
「ンなこと俺に言うな。俺ァ思春期メガネに構ってやる余裕はねェんだよ」
 神楽に背を向けるようにソファで寝がえりを打つ。「役立たず天パが」と悪態が聞こえた気がしたが無視無視。ウブな少年の恋路に構うとこっちが火傷しちまうぜ。過去にあったあれやこれやを思い出して胸焼けした。気持ち悪ィ。

 アイドルオタクでシスコンで、超がつくほど恋愛初心者の新八が誰かを好きになったなら、本人が口に出さずとも自然と気づいてしまうものだ。ましてや毎日顔を合わせている俺が気づかないはずがない。こちとら伊達に生きちゃあいめえよ。そういうことで神楽から「新八、好きな奴いるらしいヨ」と突然告げられても特に驚きはしなかった。
 本人の口からはまだ何も聞いていない。その好きな奴がどこの誰なのかとか。少しは気になるが、聞き出すつもりは毛頭ない。それに俺は知らないままの方が幸せかもしれない。

「新八ィ、俺ちょっと出かけてくるわ」
「え、どこ行くんですか」
「どっかの誰かが甘味没収すっから糖分補給?」
「僕のせいって言いたいんですか。というか遠まわしに僕のせいって言ってますよね?甘味没収してんのはアンタの稼ぎが少ないからでしょうが」
 額に青筋立てて淡々と嫌味を言われる。よく回る口ですこと。何て反論してやろうかと考えていたら、「でも、ちょうどよかった」と呟いて新八は部屋の奥に戻った。後から思えばこの隙にさっさと家を出てしまえばよかったんだ。何がちょうどいいのか聞き返したくて、俺は呆然と新八がこちらに戻ってくるのを待っていた。
「あの、甘味処行くのは構わないんでちょっと言伝頼まれてください」
 真っ白な封筒に差出人だけ控えめな字で新八の名前だけが書かれている。嫌な予感がする。俺はこの封筒を受け取ってしまえばあるものを完全に棄てる必要がある。手紙のように見えるそれは決して俺の手には渡らない想いが、文字が綴られているに違いない。
「これ、何?誰に渡せばいいワケ?」
 ようやく絞り出した言葉がこれとは情けなさも最高潮である。
「そ、その、銀さん行きつけの甘味処の……」
 尻切れトンボのようになってしまった言葉の続きを俺は怖くて聞き返せなかった。新八は耳まで真っ赤にして縋るように俺を見る。俺はいつまでお前のヒーローなんだろうな。すっかり涸れたと思った涙がせり上がるのを感じながら新八の手から手紙をひったくった。
「銀さん…!」
 頼むからそんな期待に満ちた声を出さないでくれ。新八の目をまともに見る自信がなくて新八に背を向けた。ひらひらと封筒を振って「銀さんに任しときゃ大丈夫だっての。心配すんな」とだけ残して玄関を出た。
 外は俺の心模様を表したかのように曇っていた。このままだと一雨来るな、なんて思う余裕もなく愛車を引っ張り出した。甘味なんて放ってひたすらに走り出してしまいたかった。

 無事に届きますように、と愛しそうに囁いた新八の声が耳から離れない。そんな顔もできるんだな、新八って。壊れ物を大切に扱うような、慈しむようなそんな表情、いつから浮かべるようになったんだ。一番俺が側で見てると思っていたのに。
 あいつにとって俺はヒーローで、それは多少は自負していた。それでも俺はずるい大人だから、この手紙を破り捨ててあいつの恋を思い出に終わらせることもできる。それは簡単だ。
 もし、あいつか、俺か、どちらかの性別が違えば、俺が若ければ、あるいは、なんてそんならしくもねー夢物語を考えたときもあった。生まれ変わったら、なんて思ったときもあった。それでも苦汁をなめることになろうと、俺はあいつのヒーローでいる今のままでいい。生まれ変わろうと、何しようとあいつを笑ってる今の方が随分と良い。

「俺が何とかしてやるから、幸せになれよな」

 どうしようもなく叫びだしてしまいたかった。泣いてしまいたかった。そうするには俺はちょっと年を取りすぎちまった。

遊助「ライオン」からインスパイア。
このMVの男の子がめちゃくちゃ好きです。


2014.05.04