蒸し蒸し。苛々。
クーラーのない部屋の空気はじっとりと肌に纏わりつく。
ああ、イライラする。
ただ、このイライラは暑さのせいでも何でもない。原因は目の前の一枚の置き手紙にある。
『神楽ちゃんに誘拐されます』
誘拐されます、って何だ。そこはせめて誘拐されましただろ。と思わず独りごちた。静まり返った万事屋にその声は吸い込まれて消えた。
誘拐されたのは新八だということはすぐに分かった。置き手紙の特徴のない、地味な文字は紛れもなく新八のもので、そうでなくても俺の身近で誘拐されそうなのは新八くらいしかいない(神楽は例え誘拐されたとしても自力で脱出しそうだから)。
なんで新八が誘拐されたかなんて知らない。知る由もない。つーか神楽の考えなんて知らん。今日は花火大会だからみんなで行くアルとウキウキしてたのはどこのどいつだ。新八もそれに同意して、じゃあ屋台回れるようにお金を用意しないとですね、と笑ったじゃないか。だから可愛い嫁さんと娘のために珍しく仕事も頑張って帰ってきたというのに。帰ったらこのザマだよ。銀さん泣いちゃう。
置き手紙を見つめ途方に暮れてたら、黒電話がジリリリと鳴った。うっせー、俺は落ち込んでるんだよコノヤロー。鳴り止まない黒電話に溜息ついて、受話器を取る。
「はい、こちら万事屋銀ちゃんですー」
「おう、銀ちゃん。やっと帰ってきたアルか」
娘、もとい誘拐犯、いや、神楽からの電話だった。
「新八をどこやった、あぁ?」
「お前の嫁を返して欲しくば、我々の要求を飲むアル」
おいおい、どこで覚えたんだよ、そんなセリフ。ツッコもうと思ったら受話器の向こう側で、嫁ってどういうこと!?と聞き慣れた声が飛んできた。
「要求って何だ。酢昆布か?」
「私、そんなに安い女じゃないネ。晩飯代寄越せヨ」
「あ?どういうことだ、それ」
「銀ちゃんはニブチンアルナ」
やれやれ、といった風に誘拐犯は溜息をつく。生意気に肩を竦める様子がありありと浮かぶ。
るせー、お前のセリフはカタカナ多くて読みづらいんだよと毒づけば、フンと鼻で笑われた。それはどういう意味なんだ。バカにしたのか。どうなんですかコノヤロー。
「花火大会、姉御と回ってくるって言ってるんだヨ。いいからさっさと稼ぎ寄越せこの天パ」
「チッ。わーったよ。いっちょ前に身代金要求しやがって。晩飯代弾んでやるから、今日はそのままそっち泊まれよな」
「空気の読める娘に感謝するネ。30分以内に迎えに来ないと知ったこっちゃねェアル」
「おう、分かった。覚悟しとけよコラ」
受話器を置く前に、覚悟って何のことだよ!とツッコまれた気がした。
よくわかんないけどとりあえずギャグ。