「福ちゃん、ユリ好きなの?」
レースの優勝祝いに、と贈られた花束を見つめる福ちゃんに問いかける。質問の意図が分からない、とでも言うように黙って俺を見つめ返した。
「深いイミはないんだけど」
取り繕うように笑う。福ちゃんは「そうか」と短く答えて花束に視線を落とす。生憎花の名前は詳しくないからユリとバラとしか名前は分からないが、見たことのあるオレンジや黄色の花も並んでいた。ハコガクを強調するかのような濃い青のリボンが目に飛び込んでくる。芸術性は分からないが、豪華な花束だ。
「ユリは特別好きというわけではないが、……そうだな、目立つから目が行ってしまうな」
流されたと思った質問が律儀に返ってきた。少し驚いたが、驚きに気づかれないようにやんわりと同意した。
ちょうど夏が始まる頃の話だった。
あれから1年以上が経った。
「荒北、ユリの花言葉を知っているか?」
「どうしたの、急に」
取材を終えた福ちゃんの視線の先には高そうな花瓶があった。なんで校長室の装飾品ってどれも無駄に高そうなんだろう。質問とは違うことをふと考えた。
「『無垢』だそうだ。特に白いユリは『純潔』も示すらしい」
「……へぇ、よく知ってンね」
なんとなく福ちゃんのようだと思った。それに、花言葉を知っているという『らしくなさ』がよく分からない背徳感を起こさせた。
「それを知ったとき荒北のようだ、と思った」
「冗談キツイぜ、それ」
相変わらず眉一つ動かさずに言うものだから、照れる以前に笑ってしまった。俺も似たようなこと考えてたなんてのは言わなかったけど。
そんなこともあったなァと花屋の前で足を止めてしまった。数ヶ月も経ってないはずなのにひどく懐かしかった。
夏真っ盛りの炎天下、道端に突っ立ってるのはかなりキツイ。俺は花屋の前を通り過ぎた。しばらくユリの芳香が鼻の奥から離れなかった。
俺たちの夏は終わった、というのはこの炎天下を前にして言うのは間違っているような気がする。
しかし、終わってしまった。あっけないものだ。やはり夏はあまり好きじゃない。
帰り道、再び花屋の前を通る。少し考えて、寄ることにした。贈るつもりもないけど、一輪だけ買った。意味はない。
熱気とともに芳香が強く鼻につく。鼻の奥がつんとした。
――荒北。
いるはずのない人の声がした。目頭が熱くなる感じがする。
勝たせてやりたかった。最後だったんだ。表彰台のテッペンにいる、鉄仮面を拝みたかったんだ。こういうときくらい笑えよ、って茶化してやりたかったんだ。
ポタリと白い花にしずくがこぼれた。ぱたぱたと雨音のようにしずくが花弁を揺らす。
夏のせいにしたいわけじゃない。俺からユメを奪っていくような、夏は、これだから、ずるい。
吹っ切ったと思ったのになあ。
寮に戻るなり、ずっと握ったままで少しくたびれたユリを目も合わせず押し付けた。
福ちゃんは何も聞かずに「やはりお前のようだと思う」とだけ優しく俺に告げた。
ゲスの極み乙女。の「無垢な季節」を聞きながら。
きっと付き合っている二人。