後悔したってシカタナイと思っていた。
あンときああしてりゃよかったとか、考え出したらキリねえし。何より、俺は誰よりも速く、速くあらなければイケナイんだ。
結論から言えば、俺は福ちゃんが好きだったケドそれを伝えないまま卒業した。
卒業式の日に「今日伝えないと後悔することになる」と言っていたのは誰だっけ。東堂だった気がする。俺に対して言ったのかも覚えてない。
「ただいまァ」
誰もいない部屋に帰宅を告げる。一種の習慣みたいなモンだ。明かりを点けると今朝と変わらない雑然とした部屋が広がっていた。
足で道を作りながら、部屋の奥へ進む。来週提出のレポートと、金城に渡された解きかけのパズルを乱暴に退かし机の上のスペースを作る。
買ってきた惣菜を並べ、缶ビールに指をかける。カシュッと小気味いい音が部屋に響いた。
本当は福ちゃんに思いの丈をぶちまけてしまいたかった。全てから奪い去ってしまいたかった。
でも、俺はできなかった。
――そんなモンだよなァ、と幾度目の感想を抱く。
いつからか晩酌の習慣がついた。カンタンに言えば、酒に逃げているわけだ。
自嘲気味に笑って次の缶に手を伸ばした。
波に揺られている心地がする。船の上だと分かった。イヤ、分かっていた。
これが夢だと気づくのにそう時間はかからなかった。酒に逃げた俺への制裁かナニカだろうか。
船にはたくさんの人が乗っていた。人、ではないかもしれない。誰もかれも顔がない。ユーレイなのかもしれない。
恐怖は感じなかった。むしろ、頭は冷静だった。
何の前触れもなく、目の前のユーレイが消えた。成仏でもしたんだろうか。最初のユーレイを中心に次々と消えていく。ひとり、また、ひとり。
とうとうユーレイはあとひとりになってしまった。不意にソイツが俺を見た、ように感じた。気づくとないはずの顔があった。
「――福、ちゃ…」
目が合った。俺のよく知ってる、意志の強い瞳だった。耐え切れず視線を下に逸らす。
何も言わず、福ちゃん――のユーレイは消えた。
目を覚ますと、何も変わらない部屋が広がっていた。手にはすっかりぬるくなった缶ビールが握られている。寝たおかげで酔いがさめてしまった。
思わず溜息が漏れる。
「俺は福富の代わりになれないからな」
いつだったか金城のアシストをするときに言われた。
「バカ言ってんじゃねーヨ」
あの時はそう返したが、今もそれは本心だし、ウソはついていない。それでもアシストとして俺を抜擢したのは福ちゃんで、アシストの喜びを教えてくれたのも福ちゃんで、アシストしている以上、ずっと福ちゃんの影がちらつく。これからもきっとそうだ。
ふとケータイの通知に気が付く。福ちゃんからのメールだった。
俺の気も知らないで。
理不尽だとは分かってるものの、ズルイと言いたくなる。
カノジョがいたことはある。2ヶ月くらいだった気がする。
芯の強いコで、甘いモンが好きで、あと、ネコを飼っていた。
そんくらいしかもう覚えてない。そのコの誕生日も、記念日も忘れてしまった。もう随分前の話だ。
それでも福ちゃんのコトは忘れられなかった。
もっと距離が近かった間に奪ってしまえばよかった。
あるいは、早く嫌いになってしまいたかった。
月日を重ねるたびに思い出と、願望が混ざっていくのが分かる。
そしてその月日の長さを福ちゃんとのメールの端々で思い知らされる。物理的にも、精神的にも距離が開いてしまった。
冷蔵庫から新たに缶ビールを取り出す。
こんな後悔さっさと流せればいいのに。
ゲスの極み乙女。の「momoe」を聞きながら。
やや薄暗い。